第007話 別世界

 ──夜七時。

 突然個室と、清拭女の衣装を与えられて……。

 もうすぐわたしは、天空回廊が催されるあの壮大なホール……回廊場へ。

 ガーランド家オリジナルの清拭女装束に身を包んで、いざ。

 それにしても、ここの清拭女の衣装って……。

 実家うちの店で着てたメイド服っぽいのとは、かなりデザイン違う。

 神職に就く聖女の装束に、パーティードレスの華やかさを足してる感じ。

 全体的にそらいろの厚い生地で、首元、肩、肘周辺は、動きやすいよう白いレースが素材。

 生地の表面はどこをさわってもなめらかで、レース以外のところは厚そうに見えて、その実すっごく軽い。

 とってもいい、とっても高い生地使ってる。

 胸元には碧色をした造花のコサージュ、スカートの裾には控えめなフリル……という、格調のところどころに可愛さが光る衣装。

 リッカさんが着てたものをわたしに合わせた服だけれど、ローファーは濃茶の革がピッカピカに光ってて、きっと新品。

 清拭女装束同様、重厚そうな見た目に反してすっごく軽い。

 底がちょっと厚めだけれど、これはきっと足音対策の素材の層があるのと、背を高く見せて、清拭女として見栄えをよくするための──。


 ──ガチャッ……!


「クレディア、早くして! 来訪者ゲストの皆さん、ぼちぼちいらっしゃってる!」


「……あ、リッカさん。はいっ、いま部屋を出るところでしたっ!」


「街の出前持ちみたいな言い訳しないっ! 急いでっ! でも走っちゃダメ!」


 ……だってわたし、きのうまで街の飲食店で働いてましたし。

 そもそもこういう大豪邸のお仕事って、試用期間とか研修期間が必要だと思うし。

 未経験者をいきなり客の前に放り出すほうが、よっぽど街の飲食店のノリ……。

 ……っていうかリッカさん、順路が違う。

 回廊場の入り口そばには、あの晩秋の絵画が……。


「あの、リッカさん? 回廊場の入り口……向こうでは?」


「そっちは来訪者ゲスト用のドア。わたしたち使用人は、地下通路からこそっと入るの。クレディアは採用まではお客様だったから、来訪者ゲスト用のドアから入ったのよ」


「なるほど……です」


「当然ながらお屋敷へ出入りするときも、裏口、裏門。レッドカーペットは基本、来訪者ゲストの出迎えと案内、そしてお掃除のとき以外は使用人は上がれない。まあ、わたしもお勤めしだしたころは、うっかり歩いて怒られたけれど」


「経験者は語る……ですね。アハッ」


「ただしわたしの場合は、実家がそこそこの良家で、レッドカーペットを歩き慣れていたゆえ……だけれども」


「さようですか……」


「ほらここ。この使用人用のドアから階段を下って、上がった先が回廊場のスタッフルーム。わたしも忙しい身だけれど、初回だしついてってあげるわ。ふぅ」


「あ、ありがとうございます。頼りになります」


 ──ガチャッ……ギイィ。


 ……家の中に地下道。

 あらためて、なんという豪邸。


 ──コツ、コツ、コツ、コツ……。


 けれど地下だけはさすがに飾り気がなくて、石積みとコンクリートで固められた、武骨で寒々しい見た目。

 ……というか、地下だから実際ひんやりしてる。

 ところどころに灯る燭台の明かりが、ちょっとだけ温かい……。


 ──コツ、コツ、コツ、コツ……。


「……スタッフルーム、あそこのドアから、ですか?」


「そこはワイン庫。低温の地下で保存して、天空回廊のお客様へお出ししているの」


「なるほど。ワイン庫……ですか」


「……で、あっちのドアがスタッフルーム。出た先、この地下通路とギャップ激しいから、驚きの声上げないでね」


「あっ、大丈夫です。ホールのデザインのすごさは、一度見てま──」


 ──ガチャッ……ギイィ。


「──すからわああぁ……もごっ!」


「もお! 声出さないでって言ったでしょ」


「……ずびばぜん」


 リッカさんが口を押さえてくれたから、大声上げずにすみました……。

 けれどリッカさん、意外と握力が……強い!

 このままじゃ……窒息させられそう!


「あの、リッガざん……いぎ……いぎが……」


「……あら、悪かったわね。ちょっと武術の心得があるものだから、つい」


「ぷはぁ……。い、いえ……大丈夫です。それよりもあの……ガラスの向こう側って……」


 実家うちのバックヤードにちょっと似た、備品が棚に並べられた細長いスタッフルーム。

 厚そうなガラスで仕切られたホールでは、立派な衣装に身を包んだ大人たちが談笑をしている。

 恰幅のいい壮年男性、きらびやかな衣装の中年女性、車いすのご老人……。

 みな身なりがよく、そして傑物のオーラを発している。

 知らない顔ばかりだけれど、政財界に通じた人たちが集う別世界なのは、直感で、肌で、感じる。

 あっ、知っている顔が……一人!


「あ、あの……リッカさん? あそこの青いドレスを身に纏った美女って……。女優のロミア・ブリッツじゃありません?」


来訪者ゲストを呼び捨てにしない」


「すっ……すみませんっ! でも、否定しないということは……。本物のロミア・ブリッツなのですね?」


「ええ、そう。二十四歳という女優にしては遅咲きの銀幕デビューでありながら、主演を数多く務めての快進撃。数々の賞を獲得。三十二歳のいまなお第一線を退かず、その美貌には磨きがかかって妖艶さすら宿る。映画業界の女性格差排除運動の急先鋒でもあり、女優の立場向上に大きく寄与した女傑──」


「……お詳しいんですね」


来訪者ゲストの情報は把握しておきませんと。ちなみに彼女、あなたと同席の清拭女よ」


「えっ……ええっ!? あ、あの国民的大女優……雲上人とわたしが、同じゲームで駒を拭くんですかっ!?」


「そうよ。ほかのプレーヤーが連れてきている清拭女もたぶん、引けを取らぬ美女。いやー……ほんっと、この仕事から下りられて助かったわ。ほぼほぼ晒し者だものねー……」


 ……ああっ!

 だからリッカさん、わたしを歓迎して、採用試験を応援してくれたんですねっ!

 これからあの高位の人たちの中に入って、大女優クラスの美女と一緒に、清拭女の仕事を……。

 晒し者!

 見世物の珍獣!

 道端に転がってるウマのふんっ!

 あああぁ……とんでもない世界へ、来てしまいましたぁ……。


「ちなみにロミア様は、女優と呼ばれるのを嫌うから俳優と呼んで。あとは……」


「……あとは、わたしが説明しよう。リッカ」


 ……あ、ギャロン様。

 ほっ……知っている顔が一つでも多いと、安心します……。


「はい、ギャロン様。ではわたしは、持ち場へ戻ります」


「うむ。さて……クレディア、これからわたしときみで倒す相手を、教えておこう。わたしの目と、きみの指とで……ね」


 倒す……ですか……。

 政財界の大物……果ては王族すらいるかもしれないプレーヤーを……倒す……。

 ううぅ……。

 お屋敷に入って、まだ半日なのに……。

 実家お店に来てたオジサンたちの加齢臭や、ゼグの憎まれ口さえ、懐かしいよぉ……。

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