第二章 天空回廊

大豪邸で清拭女の仕事に就くクレディアだったが……?

第006話 個室

 ──とっても風変わりな試験が終わり、わたしは無事採用。

 リッカさんに案内されて、これから寝泊まりする自室へ。

 使用人の部屋が並ぶ廊下の端。

 すでにわたしのネームプレートがあるドアを開けて、入室……。

 ……もしかしてギャロン様、ほぼほぼ採用するつもりだったのかな?


 ──ガチャッ……バタン。


 ……個室。

 使用人の部屋って、なんとなく相部屋のイメージがあったけれど……個室。

 ベッド、クローゼット、化粧台、そして……机。

 勉強机があるのは、学芸員を目指してるわたしにはありがたい。

 机の上にはまだ、万年筆、便箋、封筒が置いてあるだけだけれど。


「……、取り急ぎ、家族へ手紙を書いてね。きょうから住み込みだから、月二回の休暇しか里帰りできません……って。正午収集の郵便屋へ早便言づけておくから、夕方には届くよ」


「は、はいっ」


 あっ、そのための便箋一式……。

 そしてリッカさんからも、さっそく呼び捨て。

 わたしはもう来客ゲストじゃなくって、新入りの使用人なんだ。

 うちの店で接客経験あるとは言え、家の外で働くのは初めて……。

 うまくやっていけるかな……。


「あの、リッカさん。自宅から荷物を送ってもらうことって……できますか? 本や服なんか……ですけれど」


「できるよ? 荷物はクレディアへ渡す前に、中身のチェックがあるけれど。あ~……あといま書いてる手紙も、郵便収集前に検閲入るから」


 に……荷物検査!

 手紙の検閲っ!

 まるで軍隊っ!

 さすが大豪邸、そこまでやりますかっ!


「けれど衣類は、送ってもらう必要ないかな~。このお屋敷で私服着ることないし、下着も寝間着も支給されるから。休暇の外出用に一着あれば十分。クレディアがいま着てるのって、一張羅なんでしょ?」


「……はい」


 うう……見透かされてる。

 リッカさん、初対面のときは明るくてかわいい印象だったけれど、使用人の先輩として見ると……けっこうキツそう。

 絵に描いたようなジト目だから、なおさらその印象が……。


「手紙を書き終えたら、清拭女の衣装採寸だよ。わたしと背格好近いから、簡単な裾直しで済むと思うけれど……。クレディア、あなた普段運動は?」


「えっ……と。家業では半日立ち仕事ですけど、それ以外は特には……」


「だったら、ウエストちょっときついかも。しばらくは自由時間を運動に当てて、体絞ったほうがいいよ。清拭女は、天空回廊エアコの場ではガーランド家の顔だから」


「わ、わたしが……。ギャロン様の家の……顔っ!?」


「そうっ! 天空回廊エアコにはいろんな界隈のお偉方が集まるんだけど、それぞれ連れてくる清拭女が、これがもう美形揃いで……。わたしなんか針のむしろ状態。だからクレディアが採用されて、ほんっ……とによかった! 末永くお勤めしてね~♪」


 わたしの夢は美術学芸員なので、知識と学費を集めたら、辞めさせてもらうつもりですけど……。

 美人の清拭女が集まるって……なにそれ聞いてないっ!


「それにしてもギャロン様の清拭女チョイス、謎なんだよね~。わたしより顔もスタイルもいい使用人、何人もいるんだけれど。ま、わたしの場合は、来客ゲストにちょこちょこコネあったからな~」


 ……リッカさん、わたしの指とギャロン様の目のこと、聞かされてないんだ。

 ということは、このことはきっと、二人だけの秘密……。

 そうよね。

 駒を見透かすなんて、ある種のズルだもの。

 知ってる人間は最小限に留めるに限るわ。


「……で、そろそろ手紙書けたぁ? 今夜の天空回廊エアコに間に合わせないといけないから、採寸急ぎたいんだけど?」


「えっ……? 今夜……ですか?」


「聞いてなかったんだ。クレディアは今夜、清拭女デビューだよ?」


 えっ……?

 えええっ……?

 いきなり王族や政治家の集まりに放り出されるのっ!?

 なにその晒し上げっ!

 ああああぁ……もういきなり帰りた~いっ!

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