第005話 天空回廊(エア・コリドール)

「回廊には東西南北の陣があり、その方角を刻んだ駒が、それぞれ四枚。計十六枚、ありますね」


「……はい」


 「とう」と刻まれた駒が四枚。

 「なん」と刻まれた駒が四枚。

 「西せい」と刻まれた駒が四枚。

 「ぼく」と刻まれた駒が四枚。

 トータルで十六枚が、全百三十六枚中に。


「わたしがこれから、東、南、西、北の順で十六枚をめくっていきます。十六枚すべて外すことなく当てられたら、合格。クレディアさんを採用とさせていただきます」


「はい……………………えっ!?」


 ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいっ!

 その条件……おかしくないですかっ!?

 わたし、いっさい関係ないっ!

 それってただの、ギャロンさんの運試し!

 それに……伏せてある駒を連続十六枚当てるって、超低確率ではっ!?

 最初の一枚目ですら、百三十六分の四……。

 それを十六回連続なんて、奇跡どころの話じゃない超低確率っ!


「それでは一枚目……」


「ひっ……!」


 は……始まっちゃった!

 理不尽極まる採用試験が、一方的に開始っ!

 わたしなんて最初から……採用する気なかったってことっ!?


 ──カタッ。


「……東。では、二枚目……」


「えっ!? あ……当たりっ!?」


 ──カタッ。


「……東。三枚目…………東」


 さ……三連続正解……。

 これって……いったいどういうことっ!?

 ギャロンさん、まるでに、伏せた駒を次々当てていく……!


 ──カタッ。


「八枚目……南。九枚目……」


 半分……通過っ!

 連続十六枚正解……まさか、起こり得るのっ!?


 ──カタッ。


「十五枚目……北。十六枚目…………」


 ……いよいよ最後の一枚っ!

 既に十五枚めくっているから、最後の一枚は……百二十一分の一!

 お願い……当たって!


 ──カタッ。


「…………北。十六枚連続正答。クレディアさんを当家の清拭女として、いまこのときより採用させていただきます」


「あ、ありがとうございます……」


 ほっ……ひとまず安堵。

 あまりの緊張で、駒をめくるたびに息が止まってた……。

 それにしても、いまの試験って……。


「あの……。いまの試験って、どういう意味が……あったのでしょう? それから、伏せた駒を十六枚連続で当てるなんて、通常ありえないと思うんですけど……。もしかしてギャロンさんには、駒が透けて見えていたんですか?」


「ギャロン


「えっ……?」


「わたしは『いまこのときより採用』……と言いました。すでには、わたしの使用人。わたしのことは様付けか、ご主人様と呼ぶことです」


「あ……。失礼しました…………ギャロン様」


「フフッ、よろしい」


 そ、そっか……。

 わたしはもう来客ゲストじゃなくって、この屋敷の使用人。

 言葉遣いや上下関係に、しっかり気をつけないと……。


「……さて、先ほどの二つの質問ですが。わたしに言わせれば同じ趣旨なので、まとめて答えましょう。クレディアの想像どおり、駒が透けて見えていたのですよ。わたしには」


 駒が……透けて?

 わたし、あくまで例えで言ったつもり……なんですけど。


「わたしは生まれついて、勘……ないし眼力に長けていまして。ここぞという場面では、物事の裏表、真贋が、うっすらと見通せたのです。あるときはボオッ……としたほの明かり。あるときは、闇や血を思わせる赤黒い靄……という形で」


 それって……超能力、霊能力?

 あるいは、未来を見通せる力……予知能力?

 そんなのあるわけない……と思いたいけれど。

 そうでもなければ、さっきの十六枚連続正解は説明がつかない……。

 駒を拭いたときに、背に目印になる傷や汚れがなかったのも、確認済み。


「こういうのを一部界隈では、異能、異眼と呼ぶそうですが……。さておき、この能力は商談……こと美術品の購入において有用でした。美術商の世界には、海千山千の狐狸が跳梁していますからね。おかげで贋作を掴まされた経験は、これまで皆無です。この意味、わかりますね?」


「このお屋敷にある美術品は、すべて真作……ということ。ですね」


「そう。ですからクレディアは、日々本物を目にしながら、資格試験の勉強に励むとよいでしょう」


「あ、ありがとう……ございます」


「そしてこの見極め能力。回廊でもいかんなく発揮されました。次、あるいは後々、わたしが持ってくる駒はなにか。対戦相手の手駒はなにか。それがうっすらとわかったのです。おかげでこちらでも負けなし……と、言いたいところですが」


 ──カタッ。


 ギャロンさん……いえ、ギャロン様が、手持ち無沙汰気味に、伏せられた駒をめくっていく……。

 きっと心の中で、駒当てゲームの続きをしているんだわ。


「……一方的に勝ち続けると勝負を忌避されますし、不正の嫌疑も受けます。ですから適度に負けるようにしているのです。それにこの回廊場ホールで行われる『天空回廊エア・コリドール』には、わたしのあやふやな能力などものともしない、怪物級の打ち手も現れます」


天空回廊エア・コリドール……」


「王族、貴族豪族、政治家、将校……。豪商、文豪、ベテラン俳優や歌手……。そうしたこの国……ひいては世界へ影響力を持つ者たちが集い、利権や美術品、ときには領土をも賭ける……。このホールの天井はそら。床は地上。回廊のテーブルは、大地から大空へとそびえる世界樹。その枝葉に集いし者が繰り広げる、世界へ影響を及ぼすほどの遊戯。それが天空回廊です」


 天井は宙。

 床は大地。

 テーブルは世界樹……。

 このホールの設計には……そんな意味が!


「そこで、先ほどのテストの意味ですが」


「はい……ごくっ」


「わたしの異眼は通常、なんとなくのレベル。回廊においては、光や靄がうっすらと宿る駒へ、知識と情報を加味して察している。ところがクレディア、きみが拭いた駒だけは……。図柄がくっきりと、透けて見えるのですよ」


「ええっ!?」


「仕事の帰りに、気まぐれで知らぬ街を歩き……。通りすがりのカフェへ、コーヒーの香りに誘われて入店しましたが。恐らくはクレディア、あなたがわたしへ手招きをしていたのでしょうね。この、駒を透けさせる指で……」


 ──ぎゅっ……!


「あっ……」


 ギャロン様の右手が、わたしの左手を、指を絡めて握る──。

 わたしよりずっと背が高い、男の人なのに……。

 とっても細くて、柔らかい指……。

 やだ…………密着した指の股が、ジンジンと甘く疼いちゃう。


「念のため、この天空回廊で用いる駒でも試したわけですが、結果は同じでした。回廊は、駒が透けて見えれば圧倒的優位に立てるゲーム性。わたしの目と、クレディアの指で、世界を変えましょう。フフフフッ……」


「世界を……変える……」


 先ほどエントランスで、名画を見たときとは違い……。

 いまわたしの両頬は、女として熱を帯びている。

 ギャロン様は端正な顔立ちの青年でありながらも、目元だけはあどけない印象で、どこか少年じみた雰囲気を持ってる。

 その瞳で、常人には見通せないものを見て──。

 その瞳の奥には、莫大な富や、強き権力を得ようとする野望が、秘められているというの────。

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