第100話 嘘の言葉



 いったいなぜ、黒川はこんな反応を見せているのだろう。


 青ざめた顔で頭を抱えている黒川の背中をさすりながら、俺は考えていた。

 いまの話のどこに、彼女がショックを受けるような内容があったのか。


 黒川だけが仲間外れにされている状況だったから――これは違う気がする。その話をするよりも前から、彼女は頭を抱えていたから。


 俺が女の子を助けて、泣かれた過去を知ったから――熱海のように感情移入し、怒ったような反応ではない。だから、これも少し違うと思う。


 いまある情報では、わからない。だからほぼ確実に、彼女しかしらない何かがあるのだろう。


 しかしその結論を出しても、その『何か』がわからない以上、俺には判断できない。


「黒川……」


 声を掛けると、彼女は目元をぬぐって、よろよろと立ち上がった。

 そして俺と目を合わせないまま、


「あははっ、びっくりさせてごめんね有馬くん。……その、ずっと有馬くんが辛い思いをしてきたんだろうなって思ったら、自分のことのように辛くなっちゃって。それに、また私だけ仲間外れなんだもん。もー」


 トン、と再び俺の胸を叩き、黒川は言った。

 そういう……ことなのか? 彼女が口にした言葉と、さきほど見た反応が、正確に一致しない。誤魔化されている気がしてならない。


 だからたぶん、俺はいま、彼女に嘘を吐かれているだろう。

 だけど、


「悪かったよ」


 それを、追及はしなかった。ずっと嘘を吐き続けてきた俺が、『本当のことを話してくれ』とは言えなかった。そんなことを言う権利は、俺にはないと思ったから。


「……今日はもう帰ろっか。バス停まで送ってくれる?」


「そりゃもちろん」


 普段通りを装った黒川の言葉に、俺も普段通りを装った返答をした。


 別れる際には、もう一度彼女から「あの時助けてくれてありがとう」とお礼の言葉をもらった。笑顔の裏に、泣いている黒川がいるような気がして、俺には苦笑を返すことしかできなかった。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 またしても、黒川の辛さの一部を味わった気分だった。

 一回目は告白して振られることの辛さを。そして今は、嘘を吐かれているのではないかというこの状況を。


 しかし彼女のことだ。自分のために、そうしているのではないのだろう。

 俺のため、もしくは誰かのため――そういった優しい嘘のはずだ。


 自分の身を守ろうとした俺とは大違いである。まぁこれもあくまで俺の予想だから、彼女が保身のために嘘を吐いているという可能性もあるっちゃあるのだけども。可能性としては、無いに等しいと思う。


「熱海に続き、黒川も……だな」


 なんとなく、今まで通り遊べるような雰囲気ではない。せっかく夏休みでフリーの時間が多いというのに、亀裂が入ってしまったような感じだ。


 しばらくは熱海と同様、連絡待ちが無難だろうか。色々考えているようだったし、落ち着くのにも時間がかかりそうだなと思う。


「考えたらわかるかもしれないが……」


 ベッドで寝返りを打ちながら、そんなことを呟く。

 だから、しばらくはまた一人になったほうがいいのではないかと思った。ここ数日で色々なことがありすぎて、頭がごちゃごちゃだ。


 熱海に告白して振られたばかりだというのに、さらに頭が混乱するような状況に陥っている。


「……やっぱり、いまは考えたくねぇな」


 現実逃避である。心が弱いとか、情けないとか言われても、周りの評価とか、もうどうでもいいやとなってしまうぐらい、頭が働かない。


 自分より辛い思いをしている人はたくさんいるだろう。

 俺の悩みなんか、とてもちっぽけなものなんだろう。


 熱海も、黒川も、もしかしたら由布や蓮も、俺よりもずっと何か嫌な物を抱えて、痛みに苦しんで、それでも平静を装っているのかもしれない。笑顔を作っているのかもしれない。


 だから、俺も頑張らないと――とは、思えなかった。


 もっと辛い思いをして、自分を痛めつけて、現実逃避しても許されるようになりたい――そんな風にさえ思った。だけど、


「――そうも言ってられないかぁ」


 だからせめて、一刻も早く回復するようにしよう。

 一日、二日ぐらいの休養は、許してほしい。そこで回復させて、明るいアリマンを友人たちにお届けしよう。


 幸い、熱海の休養期間も残り三日と言っていたし、それまでに黒川と普段通りに戻って、そして熱海とも関係を修復できたらいいなと思う。


 恋愛とかそういうのは一旦忘れるように努力して、元通りに。

 そうなってくれたらいいなと、心の底から思った。



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