第101話 気付いてあげられなくて
~~黒川陽菜乃Side~~
最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ最悪だ。
バスに乗り、家に帰るまでの間、自分の親友がどんな思いで日々を過ごしていたのかを考えて、激しい吐き気に襲われていた。考えれば考えるほど、私たちの関係は酷く歯車がずれていて、そして、崩れていた。
有馬くん相手に嘘を吐き、家まで帰ってこれた自分を褒めてあげたい。絶望一色に染まったこの世界を歩けたことを、褒めてあげたい。
「……こんなの」
本当にひどい。誰のせいでもないけれど、自分が歩いていた道のりが――有馬くんや道夏ちゃん、そして私が歩いていた道のりがこんなに茨の道――地獄だったなんて、知らなかった。キラキラしたものだと、勘違いしていた。
誰も幸せになることができない道を歩いていたなんて、私は知らなかった。
「道夏ちゃんは……有馬くんが王子様だって気付いてたんだ……ずっと前から」
有馬くんは、四月の終わりごろに道夏ちゃんに話したと言っていた。その頃からずっと……三か月もずっと、ひとりで苦しみ続けていたんだ。
自分が有馬くんを傷つけた人だと知って。自分の想いを、胸の奥に隠して。
「……なんで気づけなかったんだろう」
呟きながら、枕を涙で濡らす。
事実を知ってから思い返してみると、気付けたタイミングは色々あったのではないかと思う。
最初に、駅で道夏ちゃんが指を差したのが有馬くんだったこと。
土日明けに、有馬君が手首を骨折していたこと。
必要以上に、道夏ちゃんが有馬くんに詰め寄っていたこと――これはたぶん、私に伝えて欲しいと言っていたのだろう。道夏ちゃんの性格的にも、そうだと思う。
「……私は馬鹿だ」
有馬くんが、△△県に住んでいたこと。
城崎くんよりずっと運動神経が良かったこと。
他にも道夏ちゃんの態度とか、しっかりと見ていれば気付けたのはずだと思う。
「親友、失格だよ……」
ボロボロと涙を流しながら、それでも私はスマートフォンに文字を打ち込む。
『ずっと気付いてあげられなくてごめんね』
そんな文章を。
スマートフォンを手放し、仰向けになってから腕で目元を覆う。
高校二年生――有馬くんたちと出会ってからの思い出が、急速に色を変えていくようだった。楽しかった思い出の裏で、きっと道夏ちゃんはずっと苦しんでいたのだろう。
「……あ、はは……由布さんは、気付いてたんだ。だからかぁ」
きっと私たちの中で、一番に道夏ちゃんの王子様の正体を知ったのは、由布さんだ。私が由布さんに、道夏ちゃんがいつどこで、どういう経緯で王子様に救われたのか、話していたから。
興味津々で事細かく知ろうとしていたけど、あれはただ興味があっただけじゃなくて、有馬くんの助けた人なのか確認していたんだろうな。そして、知ってしまったんだ。
「……恨まないで欲しいって言われてもなぁ」
なぜ、由布さんは黙っていたのだろう。
真相を、私に、有馬くんに、道夏ちゃんになぜ伝えなかったのだろう。
でも考えてみればたしかに――道夏ちゃんは『王子様が大好き』と公言していたから、伝えにくかったとは思うし、有馬くんも『助けたら泣かれてしまった』という状態だったから、言えなかったのかもしれない。
「……わからないよ」
冷静になれば考えられるのかもしれない、でも、頭が回らない。苦しい。
あの頃に戻って、やり直したい。私は階段から転ばず、有馬くん同じクラスになって、そこで普通に道夏ちゃんは王子様に気付いていれば、良かったのに。
こんな辛い思いを、しなくてもよかったのに……っ!
私が有馬くんを好きになることも、なかったのに……っ!
「――うっ、うっ」
有馬くんが道夏ちゃんに振られてしまったことは悲しかった。信じられなかった。絶対に、道夏ちゃんは有馬くんのことを好きだと思っていたから。
だけど同時に、私にもまだチャンスはめぐってくるかもしれないと思った。有馬くんが振られたなら、私に振り向いてくれるかもしれない――そう思った。
「……もうやだぁ」
でも道夏ちゃんは有馬くんより王子様が好きだったわけではなかった。
王子様を傷つけた自分が許せなくて、王子様に想いを伝えられないだけだった。
うつ伏せになり、枕に向かって嗚咽を漏らしていると、スマートフォンが震えた。道夏ちゃんからだ。
『ごめんなさい』
短い文章だった。だけど、返信までかかった時間を考えると、道夏ちゃんの中でもいろいろな想いがあったのだろうと予測できる。
会って話さないといけない。三日なんて、待っていられない。
『明日、話そう』
私がそんなチャットを送ると、道夏ちゃんは『わかった』とすぐに返信してきた。きっと彼女も、私と話をしたかったのだろう。
とりあえず、目いっぱい文句を言わせてもらおう。勝手に一人で悩んで、勝手に一人で苦しんでるんじゃないと、怒ってやるんだ。
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