第96話 突撃アリマン家
しばらくはのんびりしよう。そして、心の整理をするのだ。
が、しかし。そうは問屋が卸さねぇ――ってな感じで、由布と蓮がアポイントを取ることもなく我が家に押しかけてきた。飲み物とお菓子を持ってきており、我が家でくつろぐ気満々である。
「優美さんに許可とってたから、別にアポなしってわけじゃなないんだけどね」
くつくつと笑いながら蓮が言う。
あぁ……そういえばすっかり忘れていたけど、こいつも由布も、母さんと連絡先を交換してたっけ。中学の頃のことだからすっかり忘れていた。母さんがいたらどうするつもりだったんだとは思ったけど、そういうことだったか。
由布はコンビニのビニール袋から、お菓子やらジュースを取り出してテーブルに並べる。しっかりと俺の分の飲み物まで買ってきてくれたようだ。ありがたや。
「私が王様の王様ゲームとかやろうよ!」
「なんで由布固定なんだよ……それは俺の知ってる王様ゲームじゃねぇ」
「じゃあ番号じゃなくて名指し制とか? えーと、じゃあ蓮はいますぐ私を力強く抱きしめて耳元で甘い言葉をささやき、お姫様抱っこでベッドまで運んで馬乗りになってください」
「するわけないでしょ……」
「誰のベッド使うつもりだお前ら」
イチャイチャバカップルの相手をしつつ、俺は台所からコップを三つ持ってくる。ローテーブルを囲んで地べたに座り、飲み物をなみなみにコップに注いでから、乾杯――と大人のまねごとをした。
「もうすでに二人は察しているだろうと思うけど――」
俺はそうやって話を切り出して、ここ数日の出来事を話した。
由布と蓮は黒川が俺に告白をして、それを俺が断ったということは把握していたものの、それ以降に関しては、先日の電話で少しだけ話した程度だ。
だから改めて、話すことにした。今日こいつらが俺の家に押しかけてきたのも、それが理由だろうし……俺を慰めにきたって感じだろうなぁ。
かといって、告白の言葉とか、熱海と当日どこで何をして遊んだとかまでは話していない。恥ずかしいし。そこまで話す必要はないだろう。
大事なのは、俺が黒川を正式に振って、熱海に告白して、玉砕したということだけだ。
まぁこの辺りも、別に話す必要がないことではあるのだけど、正直言って俺ひとりで抱えておくにはつらかった。誰かに聞いて欲しかったのだ。
「おぉ……本当に告白したんだね、優介。すごいよ」
「うんうん! 私と蓮の場合、告白って感じの告白じゃなかったもんねぇ。お互い、好きなのわかってたし。ねー蓮」
「はいはい、僕たちの話はやめておこうね」
のろけの気配を察して蓮が由布をたしなめる。気配どころか漏れ出していたけども、手遅れになる前に止めたって感じか。
テーブルの上に広げたポッ〇ーをポリポリと胃におさめて、口を開く。
「恋愛の難しさを改めて実感したよ。もちろん、成功する気満々ってわけじゃなかったけどさ、なんかこう、成功するビジョンばかり思い浮かべてたからなぁ……取らぬ狸の皮算用的な感じで」
「まぁみんなそんなもんでしょ。ま、私たちは失恋経験ないから、コレに関して言えばアリマンは私達より上級者だね!」
「失恋上級者とかなりたくねぇわ」
ため息を吐きながらそう言うと、二人して『ドンマイ』という言葉をかけて来る。深刻な感じになってないのは、ありがたい。
むしろ笑い飛ばしてくれたほうが、俺的にはすっきりするぐらいだ。二人ともそんな俺の性格を理解してくれているのだろう。
「そこそこ元気そうで安心したよ。翌日とかはさすがにつらかったかもしれないけど、こうやって僕らを家にいれてくれるぐらいには平常心保てているみたいだし」
無理やりだったけどな。
「……そういう意味で言えば、熱海がな……黒川が声を掛けてるみたいだけど、断ってるみたいでさ、ちょっと心配なんだよな」
告白した側がされた側を心配するというのも変な話ではあるけど、あの時彼女は泣いていたし、やっぱり熱海を好きな身としては大丈夫なのかと不安なのだ。本人は余計なお世話だと思っているだろうけど。
俺がそう言うと、由布と蓮はほぼ同時にお互いのほうを見て、目を合わせる。そして何かアイコンタクトをとってから、蓮が口を開いた。
「それに関しては、時間が薬と思うしかないんじゃないかな。黒川さんも気にかけてくれているようだし、もう少ししたら、紬からも声を掛けてもらうよ。やっぱり、こういう話は女子同士のほうがいいだろうしね」
蓮の発言に、腕組みをして由布がうんうんと頷く。
そうしたところで、由布がテーブルの上に置いていたスマートフォンが震えた。画面を確認した彼女は、立ち上がり玄関へと向かっていく。
「どうしたんだ? トイレ?」
「んーん、ヒナノンが到着したって」
「……何も聞いてないんですが?」
「へっへっへー! ドッキリ大成功っ!」
楽し気に笑う由布から視線を蓮に移す。するとこいつも由布と同じように笑った。
「もしかしたら優介は嫌がるかもしれないけど、早いところ普通に戻しておきたいからね。荒療治ってことで」
嫌ではないけど……ちょっと気まずいんだよな。
昨日少し話したから、少しはマシになっているけども。
黒川はいつかのキャスケット帽をかぶってやってきて、そして当たり前のように俺の隣に座った。蓮と由布が隣合わせだし、俺の横にはスペースがあったけれども……よくためらいなく座れるな、黒川。
「あ、私は別に『有馬くんが振られたからチャンス!』とか思ってないよ? でも私、有馬くん好きだし、避けるみたいなのは嫌だもん」
「あ、はい」
いちおう正式に断らせてもらったのだけど、彼女のぐいぐいモードはおさまってはいないようだ。そんな俺たちのやり取りを見て、由布と蓮は苦笑している。
そして、
「もうこのままでもいいんじゃないかな――と思ってる私もいるんだよね……」
「それは僕たちが決めることじゃないよ。それに僕らは、何もしないから」
そんな会話を小さな声でかわしていたけれど、彼女たちの言った言葉の意味を、俺は正確には理解することができなかった。
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