第95話 違和感



 結局、由布からの誘いは断らせてもらった。


 ただし、悩みで今以上につらくなったらすぐに連絡をよこせとのこと。本当に、よくできた親友である。ちなみに蓮からも、同様の電話をもらった。カップルそろって過保護なんだよなぁ。


 熱海とデートし、告白し、振られてから三日後。


 うだうだと自宅で引きこもっていた俺に、チャットが届いた。由布か蓮の安否確認だろうかと思ってスマホを確認してみると、差出人は黒川だった。


 いったい何の連絡だろうか。

 戦々恐々しながら画面の確認してみると――、


『本当にごめんなさいなんだけど、道夏ちゃんから告白のこと教えてもらいました。少しだけ話をしたいんだど、電話をしてもいいですか?』


 同級生から敬語を使われると、なんだか身構えてしまうなぁ。それだけ真面目な話をしたいってことなんだろうけど。


 いま黒川は、どういう心境で俺に連絡をしてきているんだろうか。

 自分が振られ、振った相手は自分の親友に告白しており、そして玉砕しているというこの状況で。


 もしかしたら、振られた俺に対し、付き合える可能性を見出しているのかもしれないなぁと思ったけど、どちらかというと、彼女は告白の成功を信じて後押しをしていたから、俺が振られたことへの謝罪な気がするな。黒川のことだし、罪悪感を覚えていても不思議ではない。


 いいよ、と返事をしてあちらから掛けさせるのもなんだかなぁと思い、俺から黒川に電話をかけることにした、呼び出し音が二回なり、そして黒川の声が聞こえたきた。


『もしもし、いま大丈夫だった?』


「平気平気。ゴロゴロしてただけだから」


 本当にそうなのだ。漫画を読んで、現実逃避をしていたところだったから。


『有馬くん、本当にごめん。私、絶対告白は成功すると思ってたの』


 はじめに彼女はそう言った。声色から申し訳ないという気持ちがにじみ出るようで、俺が彼女をいじめているような感覚にさえなってくる。


「気にしなくてもいいよ。黒川になんと言われようと、たぶん俺は行動してたから。正直、振られるってのを甘くみてたよ。黒川はこんなにきつい想いをしてたんだな」


『……それはどれだけ相手を好きかにもよるよ。きつい想いをしたってことは、それだけ有馬くんが道夏ちゃんのことを好きだったってこと』


 お、おう……失言だった。俺のことを好きだった人の前で、別の人がどれだけ好きかをアピールしてしまっていたってことだよな。最低過ぎないか俺。


『ちなみに私は、もうワンワン泣いたからね。号泣しすぎて瞼がすっごく腫れたもん』


「そ、それはその……すまん」


『えへへ~、いいよ~』


 和やかに言っているけど、彼女も俺と同じならば、多分胸中では辛い想いがくすぶっているんだろうなぁ。


しかし黒川は熱海に対して、いったいどんな風な想いを抱えているのだろうか。

『それにしても、どうして道夏ちゃんが有馬くんを振ったのか、いまだにわからないんだよね。道夏ちゃんは、王子様のことが好きだからって言ってるけど、私は絶対に有馬くんのことが好きだと思うんだよ』


「……そう言われて悪い気はしないけど、やっぱり熱海の言葉通りじゃないのか? なにしろ、七年だぞ」


 改めて口にすると無謀過ぎだな、俺。数字にすると、二十八倍の差があるってことだからな。まぁ王子様と熱海は直接かかわったのは一回きりだったということだから、過ごした時間的に言えば俺のほうが勝っているのだけど。


『時間は関係ないと、私は思うんだよ。だから本当に不思議なんだよ~。道夏ちゃん、どうして有馬くんを振っちゃったんだろう……心当たりとかある?』


 俺に言わせてもらえば、もう答えは出尽くしているだろうと思うのだが……どうやら黒川はそう思っていないらしい。でも、熱海の性格に関していえば、黒川は確実に俺よりも詳しいわけで。


「心当たりはないなぁ。正直俺も、あまり信じられないというか、信じたくないって思いのが強いけどさ」


『道夏ちゃんはなんて言ってたの? ――あ、もちろん言いたくなかったら言わなくていいからね? あぅ……でももしかしたら道夏ちゃんに怒られちゃうかなぁ……』


「その時は俺が怒られるから気にしなくていいよ。といっても、単純に『有馬とは付き合えない』って言われただけだが」


 あぁ……言葉を口にしたらあの光景がフラッシュバックしてしまった。泣きそう。


『んー……普通だね』


「だろ?」


 なにか情報を得ようとしたみたいだけど、残念ながら黒川は何も得られなかったようだ。これでもし何か得られるとすれば、それは由布ぐらいなもんだろう。ただ、あいつの場合、一人で理解して教えてくれないだろうが。


『他にはなにか変わったこととか言ってなかった?』


 変わったこと……か。正直あの時は頭がいっぱいいっぱいで、なんの話をしてたのかすら曖昧だぞ、俺は。


 せめて、告白のシーンだけでも思い返してみて、それを先日の俺と黒川のやり取りと比べて見ることにした。

 そして、変わったこと――というものに気付く。


「そういえば熱海、俺が告白したら、泣いちゃったんだよな。ボロボロ涙流してた」


 黒川に俺が告白されたとき、俺は別に泣いてはいない。俺が薄情な人間で、熱海が情け深い奴だったという単純な理由なのかもしれないけど……普通あそこまで泣いたりするだろうか?


「熱海がこれまでに告白された時って、どんな感じだったか知ってたりする?」


『告白は何度か見たことある、けど――そんな感じじゃなかったなぁ。なんで道夏ちゃん、泣いちゃったんだろう。気持ちはわからなくもないけど……ちょっと、変な感じがするね』


 変な感じがしても、結局理由はわからない。

 いちおう『熱海は親しい俺が傷つくことを申し訳なく思った』という結論を出したけど、俺も黒川も、微妙に納得いかないままこの話は終わった。


 ちなみに、黒川のほうから熱海に『会って話をしよう』と持ち掛けたらしいが、見事に断られたらしい。今日と一昨日、両方とも『ごめん』という返事だったようだ。


 熱海は熱海で、色々悩んでいるんだろうな……俺からは何もすることはできないから、黒川に熱海を気にかけておくようにお願いしておいた。


 俺もしばらくは、ひとりで心を落ち着かせたいところだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る