第94話 失恋の重さ
振られてからあとのことは、正直言ってうろ覚えだ。
だけど、熱海と一緒にマンションまで歩いて帰ったことは覚えている。ただ、会話は別れ際の「また」という言葉だけだった。お互いに、その一言だけだった。
何も手に付かない。世界よ滅べとさえ思ってしまった。
ただ告白して振られただけ――第三者としてこの状況を見たら、俺はきっと『それぐらい寝て起きたら大丈夫』だなんて思いそうだけど、完全に甘く見ていた。
この世の全てが、俺を見放したようにさえ思えてしまう。
風呂に入る気力も無くて、俺は帰宅後すぐに自室のベッドで横になった。
「……黒川には、本当に悪いことをしていたんだな」
振ってしまって申し訳ない――そんな風に罪悪感は覚えていたのだけれど、いざその立場になってみると、その感情の重さに驚愕する。こんなにも、きついものだとは知らなかった。もしかしたらあの日電話で正式に断ったあと、黒川はすごく泣いてしまったのではないだろうか。
ただでさえ、電話口からすすり泣く声が聞こえていたのだ。本当に、悪いことをした。
「心のどこかで、『俺のことが好きなんじゃないかな』って思ってたんだろうな」
多少の可能性はあるつもりだった。振られる覚悟もしていた、つもりだった。
だけどそれは俺の勘違いで、心の奥底では、告白が成功する確率のほうが高いと思ったりしてしまったのだろう。黒川のせいにするつもりはないけど、彼女も太鼓判を押してくれていたし――熱海の態度を見ても、脈ありなんじゃないかと勝手に思っていたし。
「経験値不足だったか……」
もしかすると、熱海に告白した男子たちも、俺と同じように思ったのではないだろうか。そして告白して、同じように玉砕したのではないだろうか。
……いや、それは熱海に失礼だな。第一、脈あり判定の大部分を占めるボディタッチは、俺が初めてらしいし。
振られた要因はやはり、考えるまでもなく、熱海は俺よりも王子様のほうが好きだった――これに尽きるのだろう。
七年もの間思い続けてきた人と、三か月前に知り合ったような人。どちらに天秤が傾くかなんて、冷静になればわかるはずだ。
「なぁにが『諦めたくない』だよ。かっこつけやがって」
諦めたくないのは事実。だけど、『もう終わりだ』なんてネガティブな想いも同時に存在していたりする。
告白ってのはこれだけ勇気が必要で、失恋というのはこんなにもつらいものなのかと勉強になった。勉強になったからといって、どうなるんだって感じだけど。
あー……永遠に夏休みよ終わらないでくれ。学校行きたくねぇ。
「……時期的には最高だったかもしれないな」
まだ夏休みは始まったばかりである。つまり、その期間は熱海と顔を合わせずに済むわけだ――なんてことを、黒川も俺に対して思ったりしているのだろうか。
いや、彼女は俺よりも、そういう部分は強そうだよな。俺も見習いたいけど、少なくとも今日ぐらいは、静かに泣かせてくれ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
なんだかんだ、風呂には入って寝た翌日。
いつもより遅い時間に起きてきた俺に、母さんは「失恋でもしたの?」と笑いながら言われた。図星過ぎて、思わずふてくされたように「別に」と答えたら、気付かれてしまったらしい。きまずそうに「そ、そう」と返事をされた。
まぁそれはいいとして、本当に身体の中のエネルギーが枯渇しているかのように元気がでない。朝食も食べる気力がなかったので抜いた。ついでに、昼食も抜いた。水分だけとっていたので、少しお腹がたぽたぽとしている気がする。
何をするでもなく、ベッドのに横になってぼんやりとしていると、昼の三時過ぎになったころ、由布からチャットが届いた。
『今日アリマン遊べるー?』
とりあえず遊ぶ気分じゃなかったから、断りの返事をしようと思ったところ、追加のチャットが届いた。
『ヒナノンとみっちゃんも誘ったけど、振られちゃった~。もしかしてなんかあった?』
大ありだよ。黒川に続き、告白と失恋がもう一回ずつ発生してるよ。
既読をつけてしまったので、このまま無視を続けるのも難しい……どうやって誤魔化そうかと思っていると――、
「うへぇ……マジかよこいつ」
電話してきやがった。出たくねー……。
だけど、出なかったら出なかったで、余計な勘繰りをされそうだし、こいつの気が治まるとは思えない。蓮ストッパーはどこだ。
「……もしもし」
『やっほーアリマン! 元気ないね! 失恋でもしたかな!?』
うっぜぇ……グサグサと俺の心を刺しすぎだろこいつ。デリカシーってものはないのか。
まぁ、俺も熱海に『デリカシーない』と言われた過去があるし、人のことはあまり言えないのかもしれないが。
「……今日は遊ぶ気分じゃないんだよ」
由布からぶつけられた疑問は無視して、ぽつぽつとそう答えると、
『あー……マジだったかぁ。なるほどなるほど』
俺の声色からなにかを察したらしく、ひとり納得したようにつぶやいた。理解が速すぎて怖ぇよ。その頭の回転をもっと勉学に利用してくれ。蓮のためにも。
電話口からは音が消え、しばし無言の時間が流れる。もう電話を切ってもいいだろうかと思った頃に、再度由布が口を開いた。
「私はね、有馬が好きなんだよ。――あ、もちろん恋愛とかそういう意味じゃなく、親友として、大切なの。だから、熱海さんよりも、黒川さんよりも、まず第一優先は有馬なの。もちろん、そこに蓮がいれば蓮が最優先だけど」
珍しく――というか、初めて聞いたと言っても過言ではない。由布は、俺たちのことをあだ名以外で呼んだ。
俺優先――そう言われて悪い気はしないけど、俺なんかよりも女子二人を優先したほうがいいんじゃないだろうか。
「……有馬は『俺なんかより』とか考えるかもしれないけど、これは譲れない。有馬を無視して、私はあの二人を優先しようとは思えない。付き合いが長いし、私はアリマンを信用してるからね」
最後のほうでようやく、彼女は俺のことをあだ名で呼んだ。由布にしては、随分と真面目に語ったようだ。その内容は、素直にうなずけないものではあったが。
「だからせめて、アリマンには嫌われたくないなぁって思うんだけどね」
由布にしては珍しく、しおらしい雰囲気で言った。
「……じゃあ断言しておいてやる。俺は由布を嫌いになったりしない。なんかまた頭の中で色々考えてるんだろうけど、自分を守るためとか、利益のためとかじゃないんだろ?」
俺の知る由布紬は、そういう奴だからな。
「……うん、たぶん」
「たぶんかよ……まあよし――って、なんで俺はお前を慰めてるんだ? 普通、振られた俺が慰められる場面だろ」
「あははっ、どんまいアリマン! 俺たちの恋はこれからだ!」
「打ち切りエンドにすんなよ……」
なにはともあれ、元気をもらっちゃったなぁ。
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