第93話 初めての告白



 二時間の映画を見終えてから、映画館と同じ階にあったテーブルと椅子のある休憩スペースにやってきた。ここで少しだけ時間をつぶしてから、『ハンバグ』に向かう予定である。


 さてこの『恋の行方』という映画。普通に面白かった。というか泣いた。


 内容を簡潔にすると、死期が近づいている女性と、その女性を愛する男性の物語って感じだろうか。


 女性のほうは、男性を好きになってはいけないと思いつつも、好きという気持ちはどうしてもおさえられなかった――しかし必死に隠し通していた。

 そんな女性を、鼓動が止まるまで――しかも、女性のではなく、自分の鼓動が止まるまで愛し続けると決めた男性のラブストーリーだ。


 俺はまだ頬に涙を伝わせる程度で済んでいたけれど、熱海はズビズビと鼻を鳴らしながら泣いていた。上映中にちらっと熱海の顔を見てみたら、『見るな』と言わんばかりに俺の顔をグイっと押された。


 彼女の手が俺の唇に触れて、ドキッとしてしまったのはここだけの話。バターでべとべとしてしまっていたらすまん。

 ここが良かったよな、あそこで感動したわ、熱海めちゃくちゃ泣いてたな、有馬もでしょ。


 そんな風に映画の感想を言い合ってから、時間も六時近くになってきたので、ルノンを出てから『ハンバグ』に移動。ファミレスよりもちょっとかしこまった雰囲気があって、給仕の人もなんだかホテルマンのようなに見えた。高校生にしては、背伸びしすぎただろうか。


「家族以外と来るのは初めてだから、なんだか新鮮だわ。そもそも、ここ数年来てなかったし」


「ここの料理が嫌いってわけじゃないんだよな?」


「んーん、好きよ。だけど高いからあまり来てなかったのよ」


「なるほどなぁ」


 そんな風に話しながら、メニューを開く。

 俺は和風おろしハンバーグとライスセット、熱海はデミグラスハンバーグとライスセットを注文した。値段を見てびっくりしたよ。いや、事前に調べてはいたけど、いつもいくファミレスの二食分以上の金額だった。


 まぁ、使っていなかったお年玉を財布に突っ込んできたから、お金の心配はない。

 夏休みしょっぱなから浮かれすぎじゃないかとも思うけど、家で遊べば出費はゼロで済むのだし、それを考えたら外出するときぐらいお金を使ってもいいのではないかと思えた。


 それに、今日は良い思い出になる日にしたいからな。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 食事中に熱海と話したのは、夏休みをどう過ごそうかとか、映画はどうだったとか、そんな感じの内容で、黒川のこととか、恋愛がらみの話は一切なかった。


 熱海は今日、俺のメンタルケアというていで来ているはずだし、できるだけそういった内容から遠ざけようとしているのかもしれないな。頭の中では、色々とごちゃごちゃ考えていそうだが。


 まぁかくいう俺も、頭の中では恋愛がらみのことしか考えていない。なにしろ、今日これから告白するのだ。頭からそのことを抜き出せと言われても、無茶というものである。


 ハンバグを出て、駅まで歩き、電車に乗って、地元駅に到着。


 いや本当にこの間のスピードはとてつもなく速かった。時間的には一時間近くかかっているのだけど、いつ言おういつ言おうと考えていると、体感五分ぐらいに感じられた。


「あー……熱海、ちょっと寄り道してもいい?」


 二人で並んでマンションを目指している最中、このままでは言うタイミングが無いと判断した俺は、そう提案した。すると彼女は、キョトンとした表情で俺を見上げて、


「いいわよ、夏でまだ明るいし――どこ行くの?」


「ついてのお楽しみということで」


「なにそれ」


 熱海はクスクスと笑った。可愛い。

 こういった笑顔、あまり学校では見ることができないから、もしかしたら俺にだけ見せる特別な表情だったりするのかなぁなんて、うぬぼれたことを考えたりした。


 そして、熱海の半歩先を歩き、マンションから徒歩二、三分の場所にある公園に到着。

 広さとしては一軒家四つ分ぐらい。時間が遅いからか子供はおらず、代わりに犬の散歩をしているおばちゃんがいるぐらいだった。


 公園にたどり着いたところで、熱海は鉄棒に小走りで向かう。そして彼女は、俺が使うには少々低い高さの鉄棒を握り、足をまげてだらんとぶら下がった。


「なんで公園? あぁ――もしかして相談って、本当になにかあったの?」


 どうやら熱海は俺が電話口で言った言葉を覚えていたらしい。ただ、そちらに関しては俺の口から出たでまかせの可能性が高いと踏んでいたらしく、リフレッシュオンリーで考えていたようだ。


 鉄棒にだらりとぶらさがり、握力だけ発揮して他は弛緩している熱海。

 俺は彼女に「立って」とお願いして、鉄棒を挟んで向かい合った。


「な、なに?」


 シリアスな空気を感じたのか、熱海は頬をピクリと動かしてぎこちない表情になる。

 深呼吸を静かにしてから、俺は「なぁ」と声を掛けた。


「熱海が王子様のことを好きだってことは、知ってる」


「べ、別に知らなくてもいいわよ」


 熱海は俺から目をそらしながらそう言うが、俺は首を横に振った。


「熱海、言ってたよな。『相手に好きな人がいても、諦めたくはない』って」


「…………まぁ、言ったかもしれないわね」


「俺もそうなんだよ」


 そう言ってから俺は鉄棒をくぐり、熱海のすぐ横にやってきた。彼女は驚いた表情でこちらを見て、目を丸くしている。ただ、言葉の意味はわかっていないようで、どこかぽかんとした雰囲気だ。


「俺も――たとえ熱海に好きな人がいたとしても、それが七年想い続けてきた相手だろうと、諦めたくない」


 顔が熱い。心臓が破裂しそうだ。欠陥が激しく脈打っているせいで、まるで耳元に心臓が置かれているような感覚にすらなっている。


 しかし、ここでは終われない。こんな曖昧な形では、終われない。

 いまだに呆然とする熱海に向けて、俺は決定打となる一言を付け加えた。


「お前のことが好きだ、熱海。王子様よりきっと、俺は熱海を幸せにしてみせる」


 言った。言ってやった。言い切って見せた。

 相手の目を見て、きちんと告白をやり遂げた。くっっそ恥ずかしい!

顔で目玉焼きができそうなほどだけど、なんとか――え……?


「…………どうしたんだよ」


 熱海は、ボロボロと涙を流していた。

 もしかしたら、うれし泣きなのでは――なんて到底思えない。絶望の中にいるような、そんな表情で、彼女は涙を流し続けていた。


 そして、見ているこちらが辛くなってしまような、そんな悲痛な面持ちで、彼女は顔を伏せ、そして唇をかみしめた。綺麗なピンク色の唇が、白くなってしまうほどに。

 そして――、



「……ごめんなさい。有馬とは、付き合えない」



 俺の初恋は、玉砕という形で幕を閉じたのだった。



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