第92話 念願のデート
クーラーの効いた電車から降りて、ささっと炎天下にさらされている駅のホームを歩く。そしてどこにも寄り道することなく、俺たちはルノンの建物に入った。駅と隣接しているので、熱い思いをしたのはほんの数分だけである。
「はー、涼しい」
そう言いながら、熱海はパタパタとTシャツの襟元をつまんで風を送り込む。俺も彼女と同じ動きをして、館内の涼しい空気を活用させてもらうことにした。
「どうする? まだ二時前だけど」
「ポップコーンとか飲み物とか買う時間もあるし……ちらっと雑貨屋でも見てたらいいんじゃないか? もしくは本屋とか」
「いいわね! そうしましょう!」
なんだかこうしていると、本当にデートみたい……いや、正真正銘デートだろ。女子と二人で、こうやって映画を見に来ているのだから。デートです。
ただ、俺は黒川のようにはっきりと気持ちを前面に出すのは難しいので、もし熱海から『デートみたい』と言われたとしても、『これはデートだよ』と否定できない気がする。
熱海と並んでエスカレーターに乗り、まずは二回のアジアンテイストの雑貨屋に行くことにした。パワーストーンとか、お香とか、民族っぽい雰囲気のあるアクセサリーとか、まぁそんな感じのものがいろいろとあるお店だ。鏡とか照明みたいなインテリアも取り扱っているらしい。
「これは犬……?」
「猫じゃないか? 三毛だし」
「たしかに」
今日は映画を見て、そのあとに少しお高めのハンバーグ屋――『ハンバグ』というそのままな店名のお店で夕食をとり、その後に帰宅。そしてその帰り際に、告白すると言う予定だ。
熱海が「このカエルの置物、可愛いわね」と手に取っているけど、俺の頭では告白を脳内でシミュレーションし続けていた。いやだって、初めてだし。緊張するだろこんなの。
とはいえ、昨日はわりとぐっすり寝れてしまったから、案外俺って図太いのかなと思ったりもした。
「なんか心ここにあらずって感じ――本当に大丈夫?」
眉を八の字に曲げて、熱海が心配そうに俺の顔をのぞきこんでくる。
いやいや事実としてはそうなのだけど、熱海が想像しているようなことではないんだよ。心配されるようなことではないんだよ。少なくとも、熱海には。
「す、すまん。ちょっと考え事してた」
「……映画は別にいま見なくてもいいわよ? あたしでいいなら、何でも聞くし、協力するから」
「本当に大丈夫。なんか心配させちゃってごめん――ほら、今日の晩御飯は何にしようかなって思って」
「…………」
「本当だって。ルノンからちょっと歩くけど、夕食は『ハンバグ』に行こうと思ってて。熱海はそれでいい?」
「いいけど……あそこちょっと高くない? ひとり二千円ぐらいするでしょ?」
「たまにはいいかと思って。熱海の分は俺が出すから、そこは気にしなくていいぞ」
「だめよ。自分の分は自分で出すわ。むしろあたしが奢るわ」
「いやそうはならんだろ」
なぜか熱海が奢るとか言い出した。いやほんとそうはならんだろ。俺が誘ってるんだぞ?
じゃあ間をとって割り勘にしましょう――と、結果的に丸め込まれることになってしまったけど、当初の『話を逸らす』という目的は達成できたので、よしとしよう。
それから俺たちは、記念にということで五人分のミサンガを購入して、三階にある映画館に向かった。
「どうせバター派なんでしょ?」
「熱海はキャラメル派か」
「ご名答――なんだか好みが違うから、逆に予想しやすいわよね、あたしたち」
「だなぁ……まぁでも、ポップコーンは正直どっちも好きだから、熱海がよかったらシェアしようぜ」
「ふふっ、あたしもどっちも好き」
俺は予約したスマホのコードを機械にかざし、熱海から受け取ったお金(おごろうとしたけど拒否された)を含めて二人分の支払ってからチケットを二枚ゲット。そしてポップコーンを購入する列に並びながら、そんな談笑していた。
もう、カップルじゃん! これ、カップルじゃん!
心でそんな風に叫びながら、平静を装う。
ちなみに、選択肢として塩とチョコレートというものもあったから、意外と熱海の好みを的中できて嬉しかったりした。熱海からすれば、黒川の好みを言ったのだろうけど。
ポップコーンと一緒に飲み物も購入し、俺たちは目的の映画――『恋の行方』が上映される三番シアターに向かった。俺が昨日予約した場所は後ろから三列目の中央付近。
人の流れに乗って、俺たちは指定の座席に到着。時間になって暗くなると、熱海が「楽しみね」と小声で声を掛けたきた。
映画が楽しみなのはそうなのだけど、それよりもこの暗がりで熱海がすぐそばにいるという状況がかなり緊張する。
「キャラメル食べる?」
「もらおう――ほれ、こっちも」
「うん、ありがと」
そう言って、お互いのポップコーンを交換する。
普通の友人関係でこれなのだ――付き合ったら、いったいどうなってしまうのだろう。そう考えると、電車で見たカップルが頭に思い浮かんだ。
いやいや、あれはない。ない――のだけど、もし熱海にあんな風に甘えられてしまったら、俺ははたしてハッキリと拒絶できるのだろうか。怪しく思えてきてしまった。というか、あまり自信がない。静かにすることを条件に、許可してしまいそうだ。
はぁ……なんだかすでに幸せいっぱいだ。
もしかしたら黒川もこんな気持ちで動物園を楽しんでいたのかと思うと、どうしようもなく胸が痛んだ。
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