第83話 ねこねこパニックの悲劇




 もしこの場に俺たち以外の誰かがいたとしたら、ほぼ確実と言っていいほどからかいやら文句やらを言われそうな状況である。

 二人掛けのソファに三人で座り、なおかつ女子、男子、女子という並びなのだから、客観的に見てやっかみは仕方ないことだとは思うが。


 高校二年生の男子としては非常に喜ばしく、身に余る幸福なのだけど、現時点で俺が抱える恋愛模様的にはあまりよろしくないことは確かなので、俺はギブアップした。飲み物を補充するという名目で、ソファを立ったのだ。


 冷蔵庫に行って戻ってくるまでの間に頭を冷やし(物理的にも冷蔵庫に頭を突っ込んだ)、リビングに戻ってくると、熱海が黒川さんをべしべしと叩いているところだった。


「あははっ、まぁこれもいつか王子様に会った時の練習と思えばいいんじゃないかな~。もしも運命の人に会えたとき、緊張で何も喋れなかったりしたら嫌だよね?」


「――うっ、それは……そうかも、しれないけど」


 どうやら熱海が黒川さんに先ほどのハプニングについて抗議していたようだけど、あっさりと打ち負かされていた。たしかに、熱海が男慣れしているかと言われたら、そうでもなさそうだもんな。


 付き合ったことはないと言っていたし、俺や蓮以外の男子と喋っているところはほとんど知らない。まぁそれでも、彼女はこれまでにたくさん告白されてきたという過去があるし、親しい友人ポジションの人がいなかったって感じなんだろう。


 熱海はリビングに戻ってきた俺を不満そうな視線でにらんだのち、ぷいっと視線をそらした。そして、その視線の先にいた黒川さんに「なにしよっか?」と尋ねる。


「うーん……有馬くんはなにかある?」


「なにか……なにがいいかな――あ、そういえば前に熱海が映画がどうのこうのって言ってたよな? アレでもみるか? 猫だらけの運動会みたいなタイトルのやつ」


「『ねこねこパニック』よ。まぁそれでもいいけど、二人はそれでいいの? 結構つまらないってお姉ちゃんが言ってたし、あたしもそんなに面白かった記憶は――って言っても、あんまりはっきり覚えてないから、もしかしたらしっかり見たら面白いのかしら?」


 熱海が難しそうな表情を浮かべながら言うと、黒川さんは「ねこが出るの? アニメみたいな感じ」と聞き、それに対し熱海は「そうそう」と返答。

 映画ってことだからだいたい二時間ぐらいだろうし、黒川さんが家に帰るまでには見終えることができるだろう。


 問題はこの映画が最後まで見られるような代物かどうか――というものなのだけど、友人たちと見るとなると、つまらなけらばつまらないで楽しめそうな気もする。

 そんなわけで、俺たちは熱海が家から持ってきた『ねこねこパニック』を視聴することになったのだった。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 この映画を見ようと言い出した俺、しっかりと事前にチェックしていなかった熱海、そしてこんなものを録画しておいた熱海の姉――千秋さんを、俺はいま非常に恨んでいる。


 いや、恨んでいるというのは言いすぎだな。ともかく、この映画を見ると判断した自分を責めたい。こんなものを女子と見るんじゃないと。


「「「…………」」」


 誰も、何も言えなかった。なにしろ、開幕から猫の交尾シーンである。いや、厳密にいえばはっきりとはわからないのだけど、そう思わせるような雰囲気なのだ。

 幸いというかなんというか、熱海と黒川さんはソファに座っており、俺はローテブルの横に腰を下ろして、映画を見始めた。そのため、全員が全員、お互いの表情を確認できないような状態なのだ。かろうじて、女子たち二人がお互いの横顔を視界に入れられるか――ぐらいなものである。


 問題のシーンが終わり、物語が始まって牧歌的な雰囲気になったところで、俺は熱海に声を掛ける。


「……熱海、これ見て大丈夫な映画なのか?」


 何と文句を言おうかと悩みながらも、視線はテレビに向けたままでそんな風に聞いてみた。


「あたし、たぶん最初のところ飛ばして見てたみたい……。し、知ってたらこんなの有馬と一緒に見ようなんて言わないわよ! で、でも途中はこんなのなかったと思うから!」


「あははっ、男の子と見るのはなんだか気まずいよね~」


 俺はテレビの映像に視線を向けているので、二人の表情はわからない。だが、なんとなく二人の顔が赤いであろうことはわかった。

 というか黒川さん。いま彼女が言ったことから考えると、彼女はあのシーンを『俺がいなかったら平気』ぐらいの感覚でとらえていたということになる。女子の胸やら太ももを見ただけでドキドキしてしまうような安直な俺と違い、随分と耐性があるようだ。


「熱海の言葉と千秋さんの常識と制作会社の良心を信じることにしよう」


 十八禁というような注意はなかったし、おそらく大丈夫なはず。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 見る前の俺は、この『ねこねこパニック』という映画のことを聞いて、なんだそれは――と頭の中にハテナマークを浮かべていた。

 そして、実際に見始めてみて、なんだこの映画は――とさらにハテナマークを浮かべた。


 猫たちの縄張り争いの映画だったのだけど、銃器や火器は当たり前のように持ち出しているし、人間の警官がなぜか猫を取り締まっているし、マウスという名前の猫はいるし……。


 ただ、たしかに熱海が以前に言っていた、『これが最後のまたたびか……味わい深ぇな』のセリフが良かったということに関しては、完全に同意した。非常に良かった。


 まあ熱海は途中で寝ていたし、黒川さんは映画に飽きていたのか、俺の肩をつついて熱海の寝顔を見せてきたりしていたし、俺も正直、六十八点ぐらいの評価だったけど、三人で映画を見るということに関しては楽しかったと思う。開幕を除いて。


「また今度、別の映画を見ようよ~」


「次は陽菜乃にチョイスを任せるわ……」


 ニコニコの黒川さんと、まだ眠たいのかややぐったりした様子の熱海。

 ずっとこんな感じで楽しくやれたらいいなとは思うけど……それはおそらく、難しいんだろうなぁ。




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