第82話 いちゃいちゃいちゃいちゃ
美少女二人が我が家にやってきた!
いちおう彼女たちは手提げのバッグを持ってきているので、おそらく宿題は持ってきているのだろう。
だが、まったくもってやる気は見られず、お喋り&ゲーム三昧――なんて未来を想像していたのだけど、
「…………」
カリカリカリ――チッ、チッ、チッ。
そんなシャーペンの走る音と、時計の針の音しか聞こえない。いや別に何かを期待していたわけじゃないけれど……さすがは進学校の上位勢といったところか。勉強のスイッチが入ると集中力が凄まじいな。
かくいう俺も、そこそこの時間、二人がいることを忘れて没頭していたが。だけどたまに、
「……えへへ」
黒川さんと目があって、笑顔を向けられることがある。ちなみ熱海と目が合うと、慌てたように視線をそらされる感じだ。たぶん、俺が見ていない時にこっちをチラ見していたんだろう。それに気付かれて恥ずかしい的な感じだと思う。
どちらのパターンも、恋愛初心者の俺には照れる要素だ。だが、かなり耐性がついてきたほうだとは思う。慣れって恐ろしい。
そして、ぶっ続けで二時間ほど宿題を消化したところで、俺たち三人はそれぞれ残りの二人の様子を伺いながら、ペンを置いた。疲れた分、成果はきちんと出たなぁ。
「そろそろ終わるか?」
「そうだね~、思ったよりはかどったよ! 道夏ちゃんと午前中にやったよりも!」
「まああたしたちは話しながらやってたしね」
どうやらみな一様に勉強に飽きたらしい。もしくは、すでに飽きていたが他の二人に合わせたか、まだやりたかったけど合わせたか――まぁこの辺りは気にしても仕方ないか。
熱海と黒川さんがせっせと勉強道具を鞄に詰め始めたので、俺も宿題を自室に運び入れる。リビングに戻ると、黒川さんがニコニコとした表情で俺のことを見ていた。
「ねぇねぇ有馬くん、ちょっとソファに座ってみて」
「ん? まぁいいけど」
さきほどまでは、黒川さんと熱海が並んだ状態でソファを背もたれにする感じで座っていて、俺がその向かいで胡坐をかいていた。
俺がソファに座るとなると、熱海たちはいったいどこに座るつもりなんだ。
そんな疑問を抱えながらも、俺は横側からソファに乗りこみ、二人の間に足を下ろすような形でソファに腰を下ろした。
「道夏ちゃんはそっちに座って!」
「え? なんで?」
「いいからいいから!」
どうやら黒川さんは俺と熱海を隣に座らせたいらしい。
彼女の意図はわからないが、俺も熱海も黒川さんの圧に押されて、言われた通りソファに横並びで座った。この形はいつものことなので、そこに恥ずかしさはあまりない。
もし恥ずかしさがあるとすれば、それは黒川さんが立ち上がってこちらを見下ろしているからである。
さて、座ったがこれからどうしたらいいのだろう――そう考えていると、
「私のスペースがないからちょっと詰めて有馬くん~」
そう言いながら、彼女は俺に近寄ってきた。
「いや、ちょ、マジで言ってる? 狭いぞ?」
なんでそんなことをしようと思ったんだ黒川さん!? 座っていったいどうする気だ?
たしかに我が家のソファは二人掛けではあるが、三人座ろうとしたら座れるぐらいの広さはある。あるにはあるのだが、狭い。
どれぐらい狭いかと言うと、接触は不可避というぐらいには狭い。
「す、すまん」
「……別に」
黒川さんに追いやられるような形で俺は座る位置を調整。当然ながら、熱海とぎゅっと密着するような形になる。俺の謝罪に、熱海は顔をそらしながらそっけない返事をした。
本気で嫌なら立ち上がって逃げているだろうから、アルコール消毒を所望するレベルに嫌悪してはいないはずだ。
――とまあ、俺にとっては熱海だけでも限界に近いというのに、一息つく間もなく黒川さんがソファに腰を下ろしてきた。そして、太ももやら手やら肩やらが俺に触れる。密着する――という言葉を使っていいのかもしれない。
「えへへ~」
黒川さんはそんな風に笑いながら、手を膝の上にのせてニコニコと俺たちを見てくる。たぶんこれも俺のことを好きだから――ということなのだろうけど、熱海を隣の座らせた意味はよくわからない。
まぁそれは一旦おいておくとして――だ。
やっている本人も恥ずかしいのか、黒川さんの顔は真っ赤だった。そして俺も、かなり顔が熱い。
左には熱海、中央に俺、右側には黒川さん。完全に両手に花状態である。
「熱海」
「なによ」
「ちょっとこっち向いてみて」
「嫌よ」
黒川さんが顔を真っ赤にしているのを見たからか、自分の恥ずかしさが多少薄れた。だから、熱海の顔も確認してみたいという余裕が生まれたのだけど、彼女は頑なに俺に後頭部を見せつけてくる。
「道夏ちゃんこっち向いてよ~」
「ヤダ」
黒川さんからの要求に対しても、熱海は即座に拒否した。言葉のチョイスから、若干拗ねているようにも聞こえるな。
「まあ男の子とこれだけ近くにいたら照れちゃうよね~。私も真っ赤だよ! 見て見て!」
黒川さんはそう言って、相手を見るのではなく、自分を見ろという誘導方法で熱海の顔をこちらに向かせるよう試みる。そしてその作戦は成功し、
「――ぷっ、有馬たち顔真っ赤じゃない! あははっ」
「いや熱海もだからな」
人のことを笑う前に鏡を見てみろや。
「道夏ちゃんも一緒だよ~」
「し、仕方ないでしょ! あたしだって男子とこんな距離感になったことないんだから!」
「みんな一緒だね~」
熱海が声を多少荒げても、黒川さんは柳に風といった感じでのんびりと返答している。
俺も彼女ぐらいののんびりさをもって返答しているつもりだが、うまくできているだろうか。
取り繕うことなく素で反応したとしたら、きっと俺の口からは『ぶぎょぐぁ』みたいな声が出ていたに違いない。何が言いたいかというと、緊張で心臓がやばい。みんなの顔が赤いからって、緊張が完全に消えることはないのだ。
「も、もういいでしょ! なんでこんなことになってるのよ!」
誰が一番にギブアップをするか――みたいな状況だったのだが、最初に根を上げたのは熱海だった。彼女は怒りで羞恥を紛らわすように立ちあがり、ソファから離れようとする。
あぁ、ようやく幸せから解放される――そんな矛盾する思考をしていたのだが、黒川さんは許さなかった。
「もうちょっとゆっくりしようよ~」
なんと彼女は俺の身体の前に身を乗り出し、熱海の腕をつかんだのだ。しかもマズいことに、彼女はバランスをとるためにソファの背を左手でつかんでいた。
それの何がマズいかというと、右手を熱海に向かっている伸ばしている彼女は、俺に胸を押し付けている状況なのである。男の子的にマズい状況である。アウトかもしれない。
そしてしまいには、
「よいしょ~」
「――きゃっ」
「――――ひぃ」
黒川さんはのんびりとした掛け声で熱海の手を引く。バランスを崩した熱海の悲鳴がして、そして最後に俺の悲鳴が続いた。
黒川さん的にも、熱海的にも、元いたスペースに腰を下ろしたかったのだろう。しかし、すこし黒川さんの力が強かったらしく、熱海が腰を下ろしたのは俺の太ももの上だった。
「……やりすぎちゃった? あ、でもいいなぁ道夏ちゃん」
黒川さんの、そんな声だけが室内に響く。
髪の隙間からのぞく熱海の耳は、真っ赤になっていた。
それから熱海は、慌てた様子で「ごめん」と言って俺から降りる。そして律儀にソファに座りなおして、そっぽを向いた。
俺? 俺ですか?
俺は思考を放棄して、壁にかけてあるカレンダーの富士山を眺めていましたよ。
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