第84話 慣れた二人
六時前になって、黒川さんをバス停まで送り届けてから、熱海と一緒に帰宅。
映画鑑賞中に中途半端に寝てしまったからか、熱海も夕食を作る気力が無いということで、俺と同じくスーパーで弁当を買って帰ることにした。そしてそれを、俺の家にて二人で一緒に食べる。
「有馬って梅干し好き?」
白ご飯に乗っていた小さな梅干を箸でつかみ、熱海が聞いてくる。
「好きだよ。ファミレスでいつも梅昆布茶飲んでるじゃないか」
「でもあたし、梅昆布茶はまだいいけど、この梅干しは苦手なのよねぇ」
そう言いながら、彼女はひょいと俺の白ご飯に梅干しをのせてきた。彼女と出会った当初からは考えられない気安さだなぁと、ふと思った。
もはや恋人を通り越して夫婦――そんな妄想を一瞬してしまったけど、彼女が「もしかしていらなかった?」と聞いてきたので、いったん思考を停止。首を振ってから「ありがとう」と返事をした。
「なんだかこのペースで宿題をしていたら、あっという間に終わっちゃいそうよねぇ。一週間ぐらいで終わるんじゃない? 有馬は今日の午前中やったりした?」
「いーや。せいぜい量の確認とか、めんどくさそうなやつがあるかないかとか、その程度だけ。熱海は?」
「陽菜乃と午前中にちょっとやったぐらいよ」
「あー……そういえばそんなこと言ってたな」
「そうそう」
視線はテレビに映る市販のアイスのランキング発表に向けながら、のんびりと会話をする。実にのどかだ。
俺が黒川さんに対して抱いている感情も、熱海に対して抱いている感情も、いまではどちらも恋愛関係のものだとわかっているのだけど、本当にタイプが違うよなぁ。
そう思いながら、テレビを見て「あ、アレ美味しそう」と口にする熱海を見る。
たぶん、もしいまこのセリフを黒川さんが言ったなら、味のどうこうにかかわらず、俺はきっと『美味しそうだな』という相手を傷つけないためのコメントを用意したと思う。
だけど熱海に関しては、
「これもいいけど、俺は一個前のほうが好きかもなぁ」
「あー……抹茶のやつ? たしかに有馬好きそうね。あれ、たぶんあそこのスーパー売ってるわよね? 今度スーパーで買って帰って、半分ずつしない?」
「いいぞ~」
こんな風に正直に答えてしまう。
熱海は自分との好みが他の人と被らないことに関して、自分の中で結論が出たようで、あまり気にしなくなっていた。
もしかしたら前に俺が熱海に力説した、『被らなかったほうが相性がいい!』なんて言葉を受け入れてくれているのかもしれない。
食事が終わり、ゴミやら箸やらを片付けてから、少しだけのんびりタイム。
熱海は八時ぐらいには家に帰ってしまうので、それまでの間だけだ。
「明日はどうする? 黒川さんともう約束してたり?」
ソファに腰を落ち着けてから、聞いてみた。すると、熱海はテレビを見たまま首を横に振る。
「んーん、陽菜乃、明日は用事あるんだって」
「そっか」
まぁ二日連続で遊ぶのもなぁ……という気持ちと、熱海は明日暇なのだろうか――それを確認してみたい気持ちがぶつかっている。
明日暇? そう聞くと言うことは、つまり暇なら二人で遊ぼう――ということになるはず。
黒川さんのように動物園デートみたいなことを考えているわけではなく、二人とも家でだらだらするなら、一緒にいたほうが楽しくないか? って感じなんだけど。
熱海を意識してしまっている俺としては――黒川さんから告白された俺としては、非常に聞きづらいのである。
「そういえばさ」
ふと、熱海が思いついたよう俺に声を掛けてきた。
「有馬の家のライトノベル、読みかけのやつがあるんだけど、明日来て読んでもいい?」
相変わらず、テレビに視線を向けたままだが、少し表情が硬いような気もする。まるで意識的に、俺を見ないようにしているかのような感じだ。
「あぁ、そういえば、俺の家に来た時に読むとか言ってたな」
まるで棚から牡丹餅――俺が余計なことを考えるまでもなく、明日熱海と一緒に過ごせることになりそうだ。――って、こんなことを考えている時点で、やっぱり俺は熱海にかなり強い好意を抱いているんだよなぁ。
「いつでも来ていいぞ――って言っても、できれば親がいないときのほうが楽だけどな」
「ふふっ。有馬、何かエッチなことでも考えてるんじゃないでしょうね」
「あのな……笑ってるから『からかってやろう』って意図が見え見えだアホ」
ジト目を向けながらそう言うと、彼女は肩を竦めてから見下すような視線を向けてきた。なんだこいつ。
「別にアホじゃないし、有馬より成績いいし」
「お前な……まぁいいや。何時に来る?」
「今日と同じぐらいでいいんじゃない? お互い家のことあるだろうし、午前中は有馬のお母さんも家にいるでしょ? うちも、お姉ちゃんいるし」
「だな」
そんなわけで、明日は熱海と二人で遊ぶことになった。
選択肢として、『蓮たちと一緒に遊ぶ』、『熱海に本を貸して、一人でだらだらする』というものもあったけど、俺は熱海と二人で過ごすことを選んだ。
やはり俺の気持ちは、黒川さんよりも、熱海に大きく傾きかけているようだった。
たとえ相手に、長年片想いの人がいたとしても――だ。
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