第73話 デート後編
休憩を挟みつつ、黒川さんと一緒に園内を見て回った。
休日を二人きりで過ごすことで、彼女の知られざる一面を見た――ということはなかったけれど、理解は深まったという印象だ。そして、やはり俺の中には、彼女に対する好意があるということも、間違いではないのだとわかった。
でもそれが、『恋人になることを望むレベルのものなのか』ということが、判断がつかない。たぶん人に話せば『難しく考えすぎ』と思われてしまうのだろうけど、実際問題熱海にも同じような気持ちを持っているのだから、ここはしっかりと理解しておかなければならないだろう。中途半端は、とても気持ちが悪いし、不誠実だと思うから。
動物園を見て回ったあと、少し早かったけど夕食時といって差支えのない時間になっていたので、俺たちは動物園から徒歩で移動してオムライス屋さんにやってきた。このあたりも、黒川さんはきっちりと下調べをして来たらしい。
今回のお出かけ――デートプランは彼女にまかせっきりだったから、こういうところまで気をまわしていたのかと嬉しい気持ちになる。
「有馬くんはこのお店は来たことある? いちおう何店舗かあるみたいだけど、県外にはあまりないみたいなんだよね~」
「いや、初めてだよ。オムライスは好きだし、楽しみだな」
「うんうん! きっと有馬くんも気に入ると思うなぁ」
「黒川さんがそういうとすごく説得力あるよ。好みが一緒だし」
俺がそう言うと、黒川さんは嬉しそうに「だよね!」と言った。この場にいたら熱海が苦笑いをしそうだなぁ。そしてそれを見て、俺はまた『仲間外れが寂しいんだろうな』という感想を抱いたのだろう。
店内はオレンジ色っぽい色調が大半の占めているような感じで、男女で来ている人、家族で来ている人、年配の夫婦等々、様々な客層だった。満席とまではいかないが、人の数もそこそこいるし、人気の店なんだろう。名前だけは知っていたけど、俺や蓮はいつも決まったファミレスに行くのが普通だったからな。
メニュー表のなかから食べたいものを一緒に指さし、そして見事に一致。そこで二人でまた笑いあってから、食べ物がくるまでしばしの雑談タイムだ。
動物園の中を二人でゆっくりと回っていたからか、黒川さんとの会話も慣れてきた。だから、いまこうして二人で向き合っている状態でも、あまり緊張はしていない。
とはいえ、かっこ悪いところは見せたくないなぁという思いがどこかにあるから、気を抜いているわけではないのだけど。
「ここ、家族で結構来るんだぁ、あ、道夏ちゃんとも来たことがあるんだよ! 今年はまだ行ってないけど、去年は十回ぐらい行ったかなぁ」
「はぁ~、そんなに好きなのか」
俺や黒川さんと好みが違うとはいえ、熱海は別にオムライスが嫌いってわけではないのだろう。以前、俺の家にきてオムライスを作ってくれたことがあって、その時自分も食べていたし。注文する内容は、たぶん違うものになったんだろうけど。
「熱海とは小学校からの付き合いなんだっけ? 長いよな」
俺や蓮、由布も中学から友人関係だけど、小学校は別々だから熱海と黒川さんほど付き合いは長くない。よっぽど気の合う関係なのだろう。
「そうだよ~。あ、スマホに写真あるけど見てみる? 小学6年生のときのやつ!」
「……非常に気になるけど、それを見て俺が熱海に怒られないか不安だな」
「んー……道夏ちゃん、有馬くんなら別に『いいわよ』って言いそうだけどなぁ。念のため確認してみようっ!」
そう言って、彼女はスマートフォンをポチポチ。どうやら、熱海に連絡して了承をもらっているらしい。俺も熱海に小学校の頃のアルバムを見せているし、たぶん大丈夫だろう。
そう思っていたのだが、
「あちゃ~、ごめんね有馬くん。恥ずかしいからダメだって」
眉をハの字にして、申し訳なさそうに黒川さんは言った。どうやら無理だったらしい。
一瞬空気が悪くなりそうだっだけど、彼女はすぐに「私だけ映ってるやつ見せるね!」と言って、スマホを操作。そして、一枚の写真を見せてくれた。
手を泥だらけにして、顔や服も汚れていて、だけど満面の笑みでピースをしている黒川さんの写真だった。本当にいまの黒川さんをそのまま幼くした――という感じで、いい意味で変わってないなぁという印象。
「『変わってないな』――って思ったでしょ? よく言われるもん!」
「バレたか。いやでも、ちゃんと大人っぽくはなってると思うぞ。雰囲気はそのままだけど」
特に胸のあたりの成長が著しい――というセクハラ発言は喉の奥に引っ込めて、俺は写真を見た感想を伝えた。
「えへへ~、大人っぽいかなぁ。そうだといいなぁ――あ、道夏ちゃんは恥ずかしがってたけどね、道夏ちゃんも私みたいに『変わってない』って言われること多いみたいだし、同じように想像してみたらいいかも!」
「なるほど」
ニコニコと提案してくれた黒川さんの言葉に従い、熱海を脳内で若返らせてみる。写真で見た黒川さんと同じぐらいの年代に。
「…………ん?」
…………なんだろう、この違和感は。
「どうしたの?」
首を傾けて眉間にしわを寄せる俺に、黒川さんはキョトンとした表情で聞いてくる。
考えがまとまるまでの間、とりあえず彼女には「うまく想像できなかった」と返事をしたのだけど、そのタイミングでちょうど料理が運ばれてきた。
そしてこの話はホカホカのオムライスによって押し流され、食事を終えるころには俺も黒川さんもこの話題のことを忘れてしまっていた。
どこかで見たことがあるかもしれない――幼少期の熱海を想像してそう思ったことを、俺は勘違いだと断定して、忘れてしまったのだった。
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