第70話 デート前に他の女子と



 お昼ご飯は各自家で済ませて、夕食は一緒に食べよう。

 そんな打ち合わせを黒川さんとこなした結果、駅に昼の一時に待ち合わせることになった。もしこれが蓮や由布と遊ぶときならば、待ち合わせの十五分前ぐらいから準備を始めたら間に合ったのだろうけど、今回は女子とデート……しかもそれをセッティングする熱海がいるということで、十一時半から準備を開始することになった。


 もともと服装に種類があるわけでもないし、今日は晴天――そして動き回ることが予想されるということで、白いシャツとデニムの半ズボン。もちろん熱海に決められた。俺にセンスはないので、彼女の決定には「わかった」と即座に返答した。


 で、服装が決まれば残りはヘアセットの時間だ。

 本日の俺には、激しい寝癖がついている。

 熱海が準備を開始する十一時半に俺の家に来ていたならばとっくに直していたのだけど、今日は母さんが早くから仕事に出かけていたということもあり、熱海も早くから我が家に訪れていた。何をしていたかといえば、だらだらと二人で話をしていただけだが。


「かゆいところはありませんかー?」


「それ洗うときに言うやつだろ」


「なんとなく言ってみたかっただけよ。文句あるの?」


「文句があるとしたら、もう手が治ってるのに、女子に頭を乾かされているという恥ずかしさについてだな」


「こ、ここからセットは始まってるからいいでしょ! 乾かすのにも技術が必要なのよ!」


 そういうもんなのか。

 そういうものだと言われたら、無知な俺に反論は難しいんだよな。恥ずかしいから言わないけど、心地が良いことは確かだから、無理にやめさせようという気にもならないし。


 なぜか不意にしょぼしょぼとなる時があるけど、基本的に熱海はルンルンな感じで俺の見た目を整えてくれていった。最終的に、「ま、まぁ、イケてるほうなんじゃない?」と及第点をもらえた。

 彼女とつり合いが取れてないのは自覚しているので、また以前のようにナンパ野郎とかにバカにされることもあるかもしれないけど、その時は黒川さんが落ち込むことのないように振舞えればよしとしよう。俺のことは、二の次でよし。


「じゃあまだ時間があるし、デートの注意事項でも話しておこうかしら」


 洗面所から二人でリビングに移動し、ソファに腰掛けたところで熱海がそんな風に切り出してくる。時刻はまだ十二時だから、バス停に向かうにはさすがにまだ早すぎる。そんなわけで、しばし雑談タイムとなった。


「それを朝の時間に話すべきだったのでは……? カブトムシクワガタ論争とかなんだったんだよ」


 朝、早くから我が家にやってきた熱海と俺は、ひたすらにカブトムシとクワガタについて語り合っていた。熱く語っていたのだけど、二人とも昆虫が特別好きなわけではないし、詳しいわけでもない。

 しかし、朝のテレビに出ていたカブトムシを見た熱海が、俺に『クワガタとカブトムシってどっちが強いと思う?』という何気ない質問から論争が始まった。


 俺はクワガタ派で、熱海はカブトムシ派。


 こんなところでも意見が分かれてしまうのかと思いつつ、白熱した論争を繰り広げた。デートに行く数時間前に何を話しているんだというツッコミは甘んじて受け入れようと思う。

 結局、俺たちの結論は『個体による』というどちらの正解も尊重した形で幕を閉じた。


「まぁあれはあれで楽しかったからいいじゃない」


「Gが苦手なくせによく語れるよな――あの時の熱海ときたら顔面泥パックで俺の家にやってくるほどだったっていうのに」


「――ちょ、その話を出すのは反則でしょ! っていうか、カブトムシとGは全然違うもん! カブトムシも触れないけど、Gは見るのも嫌! あんな黒の悪魔、世界から滅ぼしてしまえばいいのよっ!」


「んな物騒なこと言うんじゃねぇよ……」


 ジト目を向けながら言うと、彼女はポンポンと手を叩いてそっぽを向く。そして「話を戻すわよ」と言った。


「まず、陽菜乃は有馬と違ってしっかりとおしゃれに気を遣っているだろうから、ちゃんと感想を言ってあげなさいよ。『褒めろ』とは言わないわ。もしそれをあたしが有馬に言ったら、あんたの言葉じゃなくなっちゃうもん」


「言いたいことはわかる――とりあえず、相手の身だしなみに着目しろということだな」


「まぁそれでいいわ――次に、動物園に行くって聞いたけど、適度に休憩を挟むこと」


「……動物園ってことも黒川さんに聞いてたのか」


 行先については、熱海に何も話していなかったのだけど、よくよく考えると歩き回ること自体は知っていたなぁ。その時点で、疑問に思えばよかった。

 なんだか全部熱海に筒抜けだなぁ。別に、情報漏洩が嫌だというわけじゃないけども。黒川さんは熱海に相談していたという事実を知られたくなかったりしないのだろうか。


「そしてあまり無言の時間を作らないこと。これをしていいのは相手のことを理解して信頼しきってからの話――二人きりで初めてのお出かけなんだから、無言の時間があると気まずくなっちゃうでしょ」


 なるほどなぁ。それは考えてみればたしかにそう。

 黒川さんと並んで歩いているときに、無言の時間があったとしたら『何か話さないと』と思ってしまいそうだもんな。だけど、黒川さんは比較的口を動かしているほうだから、俺はそれに応答するだけで場は持つ。――もしかしたらその辺り、黒川さんが俺を気遣ってくれていたのかもしれないなぁ。気まずくならないように。


 ――無言の時間は信頼の証、か。


「ということは、少なくとも俺は熱海のことを信頼してるんだろうな」


 うんうんと納得しながら、そんな独り言を漏らした。否、漏らしてしまった。ミス。


「――は、はぁ!? あ、有馬いま、なんて言った!?」


「何も言ってないが?」


「言った! 絶対言った! あたしを信頼してるとかなんとか!」


「幻聴だろ」


 口にしたことをなかったことにするために、そんな風にとぼける。だって恥ずかしすぎるだろ。別に相手を信頼していることを恥ずかしがる必要もないとは思うんだけど、少なくとも今はそんな空気ではないのだ。だから逃げさせてほしい。


「言ったー! 絶対言ったー! この口が言ったぁっ!」


「やめろバカっ!」


 俺のほっぺを両手でムニムニとつまみながら熱海が叫ぶ。本当に勘弁してほしい。

 スキンシップはほどほどにしていただかないと、お前を意識している俺はいろいろと大変なんだぞ!





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