第69話 デートのお誘い




 五日間、平日のいつもと変わらぬ授業をこなして、再び週末がやってこようとしていた金曜の夜。熱海の態度はいつもと変わらないように見えていたけど、なんだか黒川さんが終始そわそわしていたように見えた五日間だったから、なんだか俺も変に疲れてしまっていた。


 なにしろ、そわそわしているだけで何もアクションがなかったのだから。

 俺が彼女たち二人を恋愛対象として意識してしまっていることも、きちんと隠し通していたはずだから、たぶん二人にはバレてないと思いたい。


 二人を意識し始めたからか、彼女たちの表情の変化や一挙一動が可愛く見えて、本当に困っている。俺は、自分で思っている以上に駄目な男なのかもしれない。


「……マジか」


 そして今、俺は『日曜日、もしよかったら二人で遊びませんか? 助けてくれたお礼になるかはわかりませんが、全部おごります!』といういつもとは違う丁寧な言葉遣いのチャットに冷や汗を流していた。ドッキリかと疑いたくなるけど、たぶん彼女はそんなことをしない。黒川さんは、そういうキャラじゃない。


 熱海なら、もしかしたらするかもしれないけど。


「日曜――日曜か。そりゃ予定はないけど……」


 ベッドに腰掛けて、ぶつぶつと独り言をつぶやく。

 こういう時に熱海が相談してくれたら心強いなぁと思いつつも、熱海を意識しているという状態で、そんなことはできなかった。となると、蓮や由布に相談すべきか。

 でも、いったい何の相談をすればいいんだ? 相談することがそもそもないんだが。こんなもの、行くしかないだろうに。


『そろそろ頭を抱えてるころかしら?』


 何を悩めばいいのかを悩んでいる俺に、そんな心を見透かしたチャットが届いた。差出人は、熱海道夏。


『なるほど、熱海も一枚噛んでるわけか――これはいったいどういうことだ? ドッキリとか言わないよな?』


『そんなわけないでしょ。文面通り、陽菜乃のお礼ってことなんだから、楽しんできなさい』


 どうやらドッキリではなく真実らしい。というか文面まで知ってるのかよ。

 いやしかしなぁ……『二人で』ってところが俺にとってはかなりハードルが高いんだよ。これなら熱海も一緒に来てくれたほうが――と思ったけど、意識している二人と一緒に遊ぶ行為がひどく背徳的に思えたので、それは無し。となると、熱海だけじゃなく蓮たちも一緒に――


『あたしも用事があるし、城崎や由布さんも用事あるから』


 逃げ道を探す俺を予想していたかのように、熱海が選択肢を封じてくる。お前はエスパーか。


「人の心を読むんじゃねぇっての……」


 隣の家でスマホをポチポチと入力する熱海の姿を想像しながら、愚痴る。表情は、もしかしたら笑っていたかもしれない。俺も、熱海も。


『あたしが当日服装とか髪型とかセットしてあげるから、ちゃちゃっと陽菜乃に返事しときなさい。行くかどうかは、もう決めてるの?』


『予定もないからなぁ……でも、お礼とか別に何もいらないんだけど、俺』


『受け取っておきなさいよ。ただでさえ有馬は階段の事故のときに、骨折までしておいて直接お礼をもらってないんだから』


『なるほどな』


『そういうことよ。ほら、とりあえずオッケーの返事だけしときなさい。誘ってるほうは不安なんだから』


 熱海からそんな風に言われたので、俺は黒川さんに対して『誘ってくれてありがとう。日曜は空いてるから、お言葉に甘えて飲みものぐらいは奢ってもらおうかな――というかなんで敬語なんだよ(笑)』という返事を送った。

 どこで遊ぶだとか、時間だとかはこれから決めるんだろう。もしかしたら、彼女の中でプランは決まっているかもしれないが。


『返事はしといた。ちなみに、熱海は日曜日なにする予定なんだ?』


『あたしは日曜日、王子様とデートの予定だから』


 ――――は? 王子様とデート? もしかして見つかったのか?


「嘘だろ……ここ数日、別に熱海に変わった様子はなかったと思うんだが……」


 自分でも意味が分からないぐらいに動揺してしまっていた。

 俺がここまで動揺してしまったのは、表向きでは『熱海と王子様が会えたらいい』と思っていながらも、心のどこかで『見つからないで欲しい』と思っていたということだろうか。

 だとしたら――なんて俺は最低なのだろう。恋は人を狂わせるとは言うが、こういうことなのか。いやいや、まだ恋はしてないはず。


『まあ嘘だけどね。びっくりした?』


『……最低だ』


『あははっ、ごめんってば! なになに? もしかして嫉妬でもしたのかしら?』


 うわぁ……ニヤニヤしながらからかっている姿が容易に想像できる文面だ。『手を握ってあげようか?』と言っていたときの熱海の顔だ。間違いなく。


『――まぁ別に言いたくないなら無理に聞かないけど』


『あー有馬拗ねた~』


『うるせぇ』


 黒川さんには一生送りそうにないであろう四文字を熱海に送り付けたところで、黒川さんから返信がきた。


『ありがと有馬くん! 今日はもう遅いから、時間とか詳しくは明日決めようね。いまのところ動物園がいいかなって思ってるんだけど、どうかな? もし好みじゃなかったら、他のところでももちろんいいよ!』


 これまたスマートフォンの向こうの彼女の表情が想像できるような明るい文面だった。

 しかし動物園か……小さいころに母さんと行った以来だな。というか動物園に女子と二人って――疑いようもなくデートなのでは?


 恋愛のことをわからないと言っている黒川さんのことだから、そういう意識はあまりないのかもしれないけども。

 モヤモヤとした思いをしつつも、黒川さんには動物園に賛同するような返事をした。実際、楽しめると思ったから。


『怒らないでってば~、日曜日は家でゴロゴロするっていう外せない用事があるのよ』


『それを用事とは呼ばないだろ』


 さてはあれか。

 黒川さんとデート気分を味わうことが、俺へのご褒美になるとでも思っていそうだ。


『熱海がいてもご褒美には変わらない』――なんてことを言えるはずもないので、そのセリフは心の中にとどめておくことにした。




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