第64話 有馬は動く




「あははははっ! それで道夏ちゃんあんなに叫んでたんだぁ~。じろじろ見ちゃ『めっ!』、だよ有馬くん」


「反省しております」


 反省というよりは後悔の気持ちが大きいが、それは口にしないでおこう。山田田中コンビを含む男子連中にも『うらやまけしからん』と怒られたし。というか、自由時間になって黒川さんや熱海が俺たちのもとにやってきている今現在も、そのような視線を浴びているわけだけども。得られたものは、大きいのかもしれないが。


 プールサイドに腰掛け、水の中には脛から足先までを入れた状態。そんな形で、俺と黒川さんは横に並び、俺の隣には蓮。そして黒川さんの隣には熱海が座っている。

 ちなみに、俺と黒川さんの間には、男女を仕切るカラフルなロープが浮かんでいる。


 時折、熱海がこちらを見る男子を牽制していた。彼女は「じろじろ見るんじゃないわよ男子!」と黒川さんをかばっていたようだけど、熱海を見る男子もいることに彼女は気づいているのだろうか。なんとなく、気付いてなさそうな気もする。


 それはさておき。


「視線が気になるのなら、プールに入っていたほうがいいんじゃないか?」


 嫉妬の視線も面倒だし、熱海たちをあまり見られたくないという思いもあったので、そう言った。蓮も「それもそうだね。プールは久しぶりだし、僕も泳ぎたい気分だ」と俺の言葉に賛同してくれたので、俺たちは男女別れて俺たちはプールの時間を満喫することに。


 今日の授業は、全員が現段階でどれだけ泳げるかのチェックだけで、残りはフリータイムらしい。最後に、もう一度二十五メートルを泳ぐらしいが。

 一部の男子は飛び込んだり肩車をしたりして先生に注意されていた。女子は仕切りから離れたところで、軽く泳いだり喋ったりしている。


「どうしてくれようかこのリア充」


 蓮とともにプールの中に入ってあたりを見渡すと、いつもの山田田中コンビがこちらに犬かきでやってきた。もっと他に泳ぎ方はあるだろうに、なぜその泳法をチョイスしたのだろうか。


「そろそろ爆発したほうがいいんじゃないか? ほら、クラスの男子は全員それを望んでいるし」


「お前の目玉と俺の目玉を交換したい。有馬の網膜に焼き付いたおっぱいを俺も見たい」


 そういうことを言うから女子たちに『キモイ』と言われてしまうんだぞ――と言いたくなったけど、そこまで親しくない相手にそこまでの言葉を浴びせるのは気が引けたので、「女子たちに聞かれても知らないぞ」と忠告するだけにしておいた。


「まぁ二人とも難攻不落だからなぁ。仲良しどまりにはなりそうな気はするが」


 山田がそう言うと、田中も同調するように頷く。やはり、一般的にあの二人はそういうイメージなのか。高嶺の花というかなんというか、恋人関係にはなれそうにない――みたいな。


「まだ恋愛に興味がないっていう黒川さんはワンチャンありそうだけど、熱海の場合は好きな人がいるらしいからなぁ――その好きな相手が有馬なんじゃないかって噂も出てたんだぜ? まぁそれに関しては、否定派が九割以上だけど」


 そりゃそうだろ。


 熱海と俺がお互いを認識したのは二年になってからなのだから、一年の頃に片思いしていた相手が俺であるはずがないもんな。それに運命の人やら王子様やら――熱海はそういう話を学校で隠そうともせずに話したりするから、俺がその片思いの相手ではないことなど明白だろう。


「否定派もなにも、実際その通りだよ。熱海には好きな奴がいるし、俺は関係ない。普通に友達ってくくりになるとは思わないのか? 席が近いし……それにほら、蓮と黒川さんの一件があっただろ?」


 黒川さんを助けたことに関しては、すでに教室内にいるほとんどの人間が知っている――と思う。俺が助けたということは秘密にしているけど、あの事件があったこと自体は隠していないからな。


 俺が二人を納得させるためにそんな風に語りかけると、器用に立ち泳ぎをしていた田中のほうが、「それなんだけどさ」と切り出してきた。


「あれってさ、実は有馬が助けたとかそういうことはないのか? 骨折したのも、その日だったと思うが」


「違う、あれは蓮が助けたんだ」


「じゃあ単なる偶然か……人助けをしておいて、それを隠すなんて意味わからんもんな。しかも相手が黒川さんならなおさらだ」


 見返りを求めまくっているような発言だなぁ。

 そんな明け透けな田中の言葉に、思わず苦笑した。なんにせよ、バレていないようでよかった。



 授業の最後に、全員また二十五メートルのプールを泳ぐことになった。


 先ほどとは少し順番が変わって、今回は俺の前の組には黒川さんがいた。もしかしたら彼女も、熱海と同じように向こう岸で俺を待ったりするのだろうか――なんてことを考えつつ、俺は黒川さんを見送った。


「さっきは城崎に勝ったから、今度は有馬に勝つぜ」


 隣のレーンにいる山田が、腕をぐるぐると回しながら言う。泳ぎ終わってプールサイドを歩く女子をチラチラと見ながらだけども。対戦するならもっと気合を入れろよ。

 なんて心の中でいいつつも、俺は黒川さんを目で追っていた。授業の初めに泳いだ時は、熱海の泳ぎは見たけれど黒川さんのは見そびれたからな。


「はは、右腕が完治していない俺に――」


「? どうした有馬」


 喋っている途中で急に黙った俺に対し、山田が聞いてくる。しかし、言葉は鼓膜を揺らしていたが、この時の俺は彼の言葉を理解していなかった。


 そして脳の大半は、目の前の光景を理解することに使われていた。

 プールの中央、不自然な水しぶきを上げるている光景を、理解するために。


「――はっ!? 有馬!? スタートまだだぞっ!」


 叫ぶ山田を無視して、誰に了承を得ることもなく、俺はプールに飛び込んだ。そして『もっと生徒を見ておけよ』と心で体育教師に恨み節を吐きながら、溺れかけている黒川さんのもとへ全力で泳いでいった。



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