第63話 プールの授業
「ついにこの日がやってきたな」
「ああ……俺は今最高に生を実感している」
山田田中コンビが俺の後ろで何かを言っている。あまりじろじろ見ていたら女子たちに嫌われてしまうということをわかっているのだろうか。というか、あまりスクール水着姿の熱海や黒川さんをこいつらが見るといい気はしないんだよな。別に、彼女たちは俺の恋人でもなんでもないのだけど。
「女子たちがお前たちを指さしながらなんか言ってるし、ほどほどにしとけよ」
顔を上げると、本当にタイミングよく俺たちの後ろのコンビを指さしながらコソコソと話している女子がいたので、それを山田たちに指摘する。すると、彼らは「やべっ」と声を漏らしていた。
もしかしたら俺のことを指さしていた可能性もあるけど……俺は彼女たちに気付くまでずっとプールの水面に視線を落としていたから、たぶん大丈夫なはず。
「本当に大丈夫かい? 右手はまだ完治してないんだよね?」
蓮は俺の右手に視線を落としながら、心配そうに声を掛けてくる。意識的にか無意識になのかはしらないが、こいつは女子に一切目を向けようとしていなかった。
「平気平気。というか、プールこそリハビリにもってこいじゃないか? それに、俺は片手でも十分泳げるし」
「はぁ~さすがだね」
うんうんと頷きながら、感心したように蓮が言う。
俺の数少ない特技の一つだからな。水泳は。
水泳の授業は、中央で男子と女子で区切られてはいるものの、同じプールで同じ時間に行うことになっていた。このあたり、学校によって仕組みは変わるのだろうけど、少なくともこの制度に男の大半は喜んでいた。女子たちの気持ちはしらないけど、興味もないやつにじろじろと体を見られたら不愉快にはなりそうだなぁ。
二十五メートルをクロールで泳いでみたけれど、右手首をかばいながらだから少し泳ぎづらかった。が、それでも一緒に泳いだ他の四人よりは早くゴールすることができた。
「有馬、本当に泳ぐの上手ね」
プールサイドにあがったところで、腕組みをした熱海が声をかけてくる。彼女は俺よりもひとつ前の組で泳いでいたから、泳ぎ終わってから俺が来るのを待っていたらしい。
「昔取った杵柄ってやつだよ。必死に練習してたのは昔だけど、体が覚えてるからな」
体のラインがまるわかりな彼女の姿をあまりみないように、必死に目を見て話していると、ふいに熱海の表情がニンマリとしたものに変わる。
「水から上がってくるときに、有馬私の胸見たでしょ。バレてないと思ったら大間違いよ? 女子はそういう視線に敏感なんだから」
「……すんません」
下から這い上がってくるんだから仕方ないだろ。足から順番に視点が移動するんだから――という言い訳も思いついたけど、胸のあたりで一瞬とどまってしまった自覚はあるので、素直に謝っておいた。なぜニマニマとして嬉しそうなのかは、判断に困るけれども。
「さっきもあんたの後ろにいた男子たち、『じろじろ見てキモイ』って言われてたから、有馬たちも気をつけなさいよ。そういう話、女子の間どころか他のクラスまであっという間に広まるんだから」
「肝に銘じておきます――というか、俺とか蓮は全然見てなかっただろ?」
「そうね。あたしと陽菜乃がいつ気付くかって有馬たちのことジッと見てたけど、全然目が合わなかったもの」
見てないところでそんなことをしていたのかよこいつら。目が合っていたら、きっと『見てたでしょ』とからかわれていたに違いない。危なかった。
「――あ、また見たでしょ。変態」
スタート地点――反対側のプールサイドに歩き出したところで、胸を手で覆いながらニマニマとした表情で言う熱海。だからなぜ嬉しそうなんだお前は。普段、胸の大きな黒川さんと一緒にいるせいで、自分はあまり見られていないから――とかだろうか。
しかし俺は胸ではなく、一瞬鎖骨に視点が移動してしまっただけなのだけど――それでもすぐにバレるんだなぁ。
「今のは鎖骨に水滴が流れてたから、無意識だよ。仕方ないだろ」
俺がそう言うと、彼女は「ふ~ん」と疑うような目つきで俺をじろじろと見る。そして、ちらっと俺の腹に目が向いた。あぁなるほど、視点が動くとこんなにもハッキリと見えるのか。胸と比べると移動距離は長いが、これはたしかにわかりやすい。
「熱海いま、俺の腹筋見たよな?」
そう指摘すると、彼女は立ち止まってから目を見開いて、一歩あとずさる。
「は、はぁ!? ぜ、全然見てない! 変な言いがかりはやめてよねバカ!」
「いやもうそれははっきりと黒目が動いてたぞ。なるほど、これを目の前でされたらそりゃわかるなぁ」
「だから見てないって言ってるでしょ――あ、またあたしの胸見た!」
「見てない」
「絶対に見た! 見てたもん!」
本当に見てないんだが……熱海は「見てた見てた」と繰り返す。俺の腹筋を見ていたことを上書きして消してしまいたいのか、とても必死だ。
「見てないって言ってるだろ。俺が熱海の胸を見てるときの視点はここだぞ――しっかり覚えとけよ」
そう言いながら、俺は熱海の胸をガン見。平均よりやや小さめだけど、しっかりとしたふくらみがそこにはある。平均を大きく超える黒川さんと比べると小さく見えるけど、彼女とてそこまで小さいわけではないのだ。小ぶりな肉まんといった感じ。
……ふむ、しかし俺はなぜ熱海の胸をまじまじと見ているのだろう。
「――――っ、み、見すぎ! わ、わかったから! ああああたしが悪かったからそんなに見ないでよ! バカ! 変態! エロがっぱ! アホ!」
語彙力を失った彼女のこの叫びは、教師を含む他の生徒にまで届いたのだが、教師に関しては熱海が俺をかばってくれた。生徒に関しては……早急に忘れてくれることを願うばかりである。
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