第62話 好みの異性
熱海がいつも通りに我が家にやってきて、お互いの家事をサクッと終わらせてから、晩御飯の時間。今日はどちらの家も食事を準備していたので、熱海が我が家に食事を持ってきて、二人で一緒にお互いの作り置きの食事を食べるといった形。
もはや家族の一員とは言わないまでも、幼馴染ぐらいの感覚じゃないだろうか。残念ながら俺に幼馴染はいないので、正しい感覚はわからないのだけど。
「ねぇねぇ有馬」
「んー?」
「陽菜乃とは最近どうなの?」
二人で三十センチの間隔をあけてソファに座り、漫画をのんびりと読んでいると、熱海がそんな風に切り出してきた。彼女が漫画を閉じてテーブルの上に置いたので、俺もそれと同じ行動をとる。ちょうどきりのいいところだったし。
どうなの――と言われても、なにが? としか言えないのだが。
というわけで、思った通りの「なにが?」という言葉を口に出す。
「それはほら――仲良くなった、とか。有馬ってあんまり友達とかすすんで作ろうとしていなかったんでしょう? 陽菜乃と最近どんどん親しくなってきてるわけだし、なにか心境の変化とかないのかなって」
心境の変化――ねぇ。
あまり深くは考えていなかったけど、依然と変わらずあまり交友関係を広げようとは思ってない――が、人を疑いすぎるのも問題だなとは考えている。
外見で判断するような人を外見で判断するというのは本末転倒だし、話してみないとわからないこともごまんとあるだろう。
「黒川さんは――そうだなぁ……ほとんど第一印象通りの人だけど――思ったより身近な存在なんだなって感じかな、最近は。熱海もそうだけど、なんか俺とは住む世界が違う人間みたいな感覚だったし――まぁこういうのも、俺が嫌いな『外見で判断』ってことなんだろうけどさ」
なんだか自虐交じりになってしまった。反省。
外見で人間性まで決めつけるようなことはしてこなかったし、していないつもりだけど、近しい部分はあるもんな。
俺が言い終えたあと、彼女は腰を浮かせてぐいっとこちらに体を寄せてから、不満げな表情を向けてきた。
「あたしは有馬と住む世界が違うだなんて一度も思ったことは…………あるかもしれないわね」
「おい」
上げてから落とされた。まあ相手が熱海だと怒りとかは湧いてこないが。
客観的判断をするとそうなっても仕方がないか――と思っていると、彼女は慌てた様子で「勘違いしないでよっ!」と口にした。
「あんたがすごい人だからって意味よ! 有馬はあのクソ女と、陽菜乃の命を救ってるんだから。そんな人と自分を同列視するっていうのに、すごく罪悪感というか引け目を感じちゃって」
言葉を紡ぐうちに、熱海の声は自分の心境を示すようにぼそぼそとした自信のない声に変わっていった。相変わらず、俺が昔助けた女の子のことを大層嫌っている模様。
怒ってくれる気持ち自体は嬉しいんだけど、別に熱海が気にしなくてもいいだろうに。
何と声を掛けようかと逡巡しているうちに、熱海がポンと手を叩く。
「話がそれちゃったけど――有馬の好みって、その、どんな人なの?」
「はい?」
いやそれこそ話がそれてないか? なぜ急に俺の好みの話になったんだよ。
あまりに唐突だったので、質問の回答よりも先に、質問の意図について考えを巡らせる。
――これは、あれか。彼女は俺に『幸せになるべき人間』だとか、モテさせようとしていたこともあるし、それの一環で俺の好み調査ということか。
そして先ほど黒川さんの話を出してきたことから考えると――、
「……俺の勘違いだったらそれでいいんだけど、もしかして熱海、俺と黒川さんをくっつけようとか考えてたりしない?」
「は、はぁ!? 急に何を言い出すのよあんた!? べ、べべ別にそんなこと一ミリも考えてないわよっ!」
これは一ミリ以上考えているやつの反応ではなかろうか。
なぜ熱海の中でそういう行動をとろうと思ったのかはわからないが――いや、俺と黒川さんの好みが一致しすぎることから、相性が良いと判断したのかもしれないな。
まったく……俺みたいなやつと恋人にさせられようとする黒川さんの気持ちも考えてやれよ――そして俺も、現時点で黒川さんは可愛いとは思うものの、恋愛感情とかよくわかってないのだし。
ジト目を向ける俺に対し、熱海は再度「考えてないから!」と否定の言葉を口にする。
その反応がすでに、自白しているような気もするけども。
「モテない俺のためを思ってくれたのかもしれないけど、自分の友人も大切にしてやれよ」
そういって、人差し指で熱海のおでこをつつく。
痛くもかゆくもないだろうが、彼女は俺につつかれた部分を両手で押さえてから、抗議をするような視線を向けてきた。
なんだかいじめたような気分になってしまったので、先ほどの質問の回答だけはしておこうという気持ちになった。
「俺の好みは……そうだなぁ。まずは人を外見で判断しないことかな」
「……それぐらい知ってる」
不満そうな表情を浮かべたままだが、彼女は俺の次の言葉を待機しているようだ。『まずは』って言葉を使ったしな。
「あとは、気楽な関係ってのがいいかな。普段から蓮たちを見ているからだと思うんだけど、お互いをからかったりしつつも、芯のところではお互いを信頼しあっているというか――なんか言ってて恥ずかしなこれ、もうやめていい?」
「だめ」
拒否された。いや拒否されたからって俺に言う義理はないのだが……熱海の圧に押し負けて、もう一つ恥ずかしいことを言う羽目になった。
「じゃあこれで最後。これは熱海を見ていて思ったんだけど、一途な人に好かれるってのは、幸せなことなんじゃないかなと思うな。あっちこっちに気持ちがふらふらするより、俺はそっちのほうが嬉しいと思うからさ」
恋愛をしらない俺がいったい何を語っているんだと自身にツッコミをいれながら言った。
あぁ、顔が熱い。なぜこんな恥ずかしいことを言う羽目になってしまったのか。
熱海にも王子様について語らせて、俺が味わったような恥ずかしい思いを彼女にもさせてやろうかと思っていたのだけど、
「ふ、ふ~ん……」
なぜかすでに彼女は顔を赤くして大層照れた様子だった。
いつも通り、『王子様もそうなのかな』――なんて妄想でも繰り広げているのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます