第61話 城崎蓮は助けることができたのか




「それにしても有馬くんはすごかったよね! まだ全快してるわけじゃないのに、足も速いし体力もあるし力もあるし! 運動神経抜群だったよ!」


 体力測定のあと授業を挟んで、昼休み。

 黒川さんは弁当を片手に、目をらんらんと輝かせながら俺を褒める。よほど語りたいのか、声から楽しさが伝わってくるし、いつもより声量も大きめだ。嬉しいけど、恥ずかしい。


 ほんのり顔が熱くなるのを感じていると、熱海に小声で「よかったじゃない」とニヤニヤしながら言われた。


「優介は中学のときからすごかったからねぇ。僕は運動神経があまりよくないし、スポーツテストはいつも平均くらいだったから、一緒にいる身としては情けない気持ちになってたよ」


「お前は大して悔しがってなかっただろ」


「悔しかったよ。次の日には忘れてたけど」


「本当に悔しがってないなお前!」


 俺のツッコミでケラケラと笑う蓮に向けてため息を吐いていると、黒川さんが「そんなことないよ!」とこぶしを握って立ち上がる。


「城崎くんはあのとき階段でピューンって私のこと助けてくれたもん! 運動神経すごくないときっとできないよ~。だから、もっと自信もって!」


 黒川さんは真実を知らないから一切悪気はないんだろうなぁ……蓮は「あはは」と乾いた笑いを漏らしているけど、内心は少し焦っていそうだ。実際、俺と同じことをやれと言われても、蓮ができるかどうかはわからない。案外うまくやって骨折もしないかもしれないけども。


「まあうちの旦那もやるときにはやるってことよ」


 そこに、嫁からの助け舟が飛んでくる。旦那呼ばわりもいつもなら蓮がツッコんでいるところだけど、今回は見逃すようだ。まあ、助けてもらっているしな。

 きゃいきゃいと盛り上がっている黒川さんと由布をよそに、熱海は俺に顔を寄せてから声を掛けてきた。


「城崎が体力テストボロボロだったらバレるところだったわね」


「今更バレたくはないなぁ」


 腕が治ったからと言って、恩着せがましいことはしたくないし。

 まぁでも、熱海がこうして俺に色々お世話や感謝をしてくれたのだから、報酬としては十分すぎるぐらい受け取っているのだけど。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 俺の弁当を作ることがなくなった。夜も早くに帰るようになった。

 だけど、だからといって俺と熱海の関係が悪くなったわけではないし、帰宅するときはいつも二人で帰っている。途中までは他の三人も一緒だけど、バス停を離れてからの二人の時間に変化はない。


「有馬、腕が本調子だったらもっとすごかったのね」


「まぁ体動かすことは嫌いじゃないからなぁ……そういう熱海もA判定だろ? ちょう座体前屈もぺた~ってなってたし。軟体動物みたいですごかった」


 うんうんと頷きながら褒めると、彼女は呆れた表情で俺を見上げる。


「そこはもっと他のたとえはなかったの? 『軟体動物みたい』って言われて喜ぶ女子がいったいどこにいるのよ」


「うーん……じゃあ猫みたいとか?」


「それはアリ。猫は可愛いもん」


「つまり熱海は可愛いと言ってもらいたいと――そういうことか」


「べ、べつにそうは言ってないでしょ!」


 べしべしと俺の背を叩く熱海。叩かれているのに、女子との触れ合いを嬉しく思ってしまう俺は変なのだろうか。相手が熱海という美少女だから――というのももちろんあるだろうけど。


「じゃああとはアレだ。ほら、運動が得意ってところは、俺と熱海は一緒だな」


 黒川さんは残念ながらC判定。由布と蓮は二人とも仲良くB判定だったらしい。

 そして俺と熱海は、二人そろってA判定。この腕の状態ではギリギリだったけど、いい結果が出せたので俺としてはホクホクである。

 いつも自分だけ仲間外れだと気にしている彼女にとっては、なかなか良い情報なのではなかろうか――そう思って言ってみたのだけど、


「ほんとねっ! たしかに、言われてみればそうだわっ!」


 なんだか俺が思っていた以上に喜んでいる模様。夕日を瞳にキラキラと反射させながら、嬉しそうな顔で俺を見上げる。そして視線を前方に戻し、ぽつりと俺に話しかけているのか、独り言なのかわからないような声量で言った。


「また有馬と被ってるところを見つけたわ」


 なんで熱海はこれだけのことでそんなに喜べるんだろうなぁ……。

 共通点が少ないからこそ、貴重に思えるってことなんだろうけど。というか、熱海の口ぶりだと『自分だけ仲間外れ』というより、純粋に俺と一緒であることに聞こえてしまうから、もっと俺に勘違いさせないように言って欲しい。


 もしかして俺に気があるんじゃないか――そう思ってしまいそうだから。


「――あ、これはあくまで物珍しかっただけだから。別に有馬と一緒で嬉しいとかそういうことじゃないからね?」


 俺の妄想は一瞬で砕かれてしまった。いや、砕いてくれたほうが良かったのか?


「へいへい、もちろん知ってますよ。熱海はいつまでもどこまでも王子様が大好きだもんな」


 無意識に出たため息と一緒にそう話すと、熱海は『夕日のせい』と言い訳にできないほどに顔を赤面させた。


「――うっ……そ、そうよ! 悪い!? 文句ある!?」


「別に文句があるとは言ってないだろ」


「顔が言ってるもん!」


 いったいそれはどんな顔だよ。

 そう思ってプリクラで披露したピエロスマイルを作り上げると、彼女は「ぶふぉっ」と激しく噴き出して笑ったのだった。




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