第60話 ふんぬ――っ!



「俺は今日ほど有馬の友人で良かったと思ったことはない」


「俺たち親友だもんな!」


 親友のラインが浅いなぁこいつら。

 山田田中コンビは、二人で俺の左肩と右肩をそれぞれ叩きながら言ってきた。原因はもちろん、熱海や黒川さんのグループと一緒に行動をすることになったからだろう。


 なんとなくこいつらに熱海たちをじろじろと観察されるのは気に食わないのだけど、彼らは基本的に熱海たち以外の女子二人と話しているので、あまり気にする必要もなさそうだった。


「――ふんぬっ!」


「もっと可愛らしい掛け声にしておいたほうがいいんじゃないか?」


「う、うっさいっ! 笑わせないでよバカっ!」


『笑わせる』というよりも『照れさせる』のほうが適切なんじゃないかな――などと思いながら、握力測定器を握る熱海を見る。顔が真っ赤なのは、力を込めすぎて血が上ってしまった可能性もあるか。


「僕は40キロだったよ。まあまあなのかな?」


「俺も同じぐらいだったな」


「優介は利き手じゃないほうでそれでしょ? 少しは僕も鍛えるべきかなぁ」


「平均よりちょっといいぐらいだから、別にそのままでもいいだろ」


 そうかなぁ……と首を傾げながら言う蓮を見て、再び熱海に視線を戻す。

 彼女は表示された数値を計測係りの生徒に教えてもらっているところだった。彼女は俺と目が合うと、受け取った用紙を折り畳んでポケットにしまう。素早く。


「50キロぐらいか?」


「な、なによ!? また私がゴリラだって言いたいわけ!? 最近有馬の頭をつぶしたりしてないわよ!」


 いや別にゴリラとは言っていないが――あの時の言葉を熱海がまだ気にしていたということに少なからず罪悪感を覚えた。いやでも、頭をつぶしてこようとするほうが悪くない?


「力持ちな道夏ちゃんもカッコいいよ!」


 そう言って黒川さんが熱海をよいしょすると、彼女は言葉に詰まったようにうめいたあと、半歩あとずさる。まぁ本気で嫌だと思っているのなら、弱い振りをして誤魔化すとかしていただろうし、熱海としてもそこまで気にしているものではないのだろう。


「私は23キロだったよ~。道夏ちゃんのちょうど半――あ、な、なんでもないっ!」


 あまり言ってはいけないような言葉を言いかけた黒川さんは、慌てた様子で口を両手でふさぐ。『ちょうど半分』って言いかけたんだろうなぁ。

 さて、友人に握力を暴露されてしまった熱海はというと、「ひーなーのー」と低い声で名前を呼びながら肩を掴んでいた。手加減してあげてください。

 二人の謝罪と抗議が終わったところで、熱海が俺に用紙を手渡してきた。


「別にあんたに見られても気にしないから」


 ツン――とした態度でそう言うと、彼女は腕組みをしてそっぽを向く。

 あれか、王子様にさえ見られなければ気にしないといういつものやつか。熱海は相変わらずご執心だなぁ。

 あるいは、秘密を漏らしてしまった黒川さんに罪悪感を植え付けないためかもしれないけども。


「握力46キロ――蓮、負けたな」


「熱海さん、女子ではかなり高いほうだよね」


 なぜか蓮は用紙を見ずに、苦笑しながら俺の目を見て話す。なんとなく、用紙から目をそらしているようにも見えた――あ。


「あの~、熱海さん? 見せちゃっていいのそれ?」


 山田田中コンビと話をしていた女子のうちの一人が、恐る恐るといった様子で熱海に声を掛けていた。彼女も、その後ろにいる女子も顔が引きつっている。

 そのすきに、俺は素早く用紙を折り畳んで熱海の手に握らせた。


「別に力が強いことぐらい知られてもいいもん」


「いや、そうじゃなくてね――それ、体重とか身長も書いてるけど」


 その言葉で、ぴしりと固まる熱海。そして、すさまじい勢いでこちらに振り返った。顔は握力測定時より赤く、目は獲物を見定めるようにギラギラとしている。


「あんた……見た?」


「なにをでしょうか」


 体重よりも握力のほうが上だなぁとかそういうことでしょうか。


「見たわね」


「見てないです」


「嘘! 絶対嘘! だって『体重よりも握力のほうが上だなぁ』って顔してるもん!」


「具体的すぎるだろ!? ――痛い痛い痛い痛いっ」


 そして一言一句俺の心を見透かさないでくれ! なんでバレたんだ! というか俺の頭を気軽に46キロで握りつぶさないでいただきたいっ!



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 熱海には交換条件として、いったいどんな需要があるのかもわからない俺の用紙を見せると、意外と満足そうに「ふーん。へー」とじっくりと見ていた。男の身長体重を知ったところでいったいなにが楽しいのやら。


 ちなみに黒川さんは体重の話が出た時点でスススと俺たちの視界から消えていた。もしかしたら彼女は自分の体重を気にしているのかもしれないけど、手や足はほっそりしているし、たとえ重かったとしてもはたから見たら原因は一目瞭然なのだが。彼女は『太ってる』とか思ってそうだな。


 たとえそれが真実だったとしても、それを指摘するのは男子である俺には非常に難しいのだけど。

 そんなごたごたを含みながらも、無事、スポーツテストは終了した。



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