第50話 目指す場所は



 そしてやってきた木曜日。

 学校を終え、ファミレスに集まった俺たちは手始めにドリンクバーを注文。

 今日は全員、夕食をここで済ませる予定だが、それよりも前にまずは勉強である。

 中間考査自体は再来週から始まるので、まだ俺的には時間の余裕があるのだけど、約一名に関してはすでに手遅れな気もする。だからこそ、蓮は来週から本気で由布に勉強を教え込むつもりなのだろうが。


 前回ファミレスに来た時と違って、今日は由布がいる。

 だから、席は隣り合う四人席と二人席を使用する感じで、由布と蓮が二人席、残りの三人が四人席を使うことになった。


「はい梅昆布茶~」


 俺の分の最初のドリンクは、黒川さんが持ってきてくれた。彼女ももちろん梅昆布茶で、初手梅昆布茶同盟の仲間として俺の分も持ってくると率先して手をあげてくれた。

 熱海は相変わらずのオレンジジュース――かと思いきや、熱海も俺たちと同じく梅昆布茶を注いできていた。


「熱海も梅昆布茶か。珍しいんじゃないか?」


 前回来たときに熱海は梅昆布茶を一度も飲んでいなかったので、黒川さんに尋ねてみる。


「珍しいどころじゃないよ~。私も道夏ちゃんが飲んでるところ初めてみるもんっ!」


 仲間が増えて嬉しいのか、黒川さんはニコニコ顔で話す。

 熱海はというと、「たまにはいいでしょ」というそっけない返事をして、席に着いた。

 少し遅れて、蓮と由布も各々のジュースを手に、席に戻ってくる。

 お留守番の役目を果たした俺に「ただいま」と声をかけて、彼らも席に着いた。


「さて、ガールズトークでもしますかっ!」


 開口一番、由布がテーブルを軽く叩きながらそんな戯言を口にした。


「しねぇよ。お前は勉強をしろ勉強を。蓮が泣くぞ」


「あはは、泣きはしないよ。来週の勉強がもっとスパルタになるから、どちらかというと泣くことになるのは紬のほうじゃないかなぁ」


 それはたしかに。ヒーヒー言いながら蓮に見下ろされている由布の姿が目に浮かぶようだ。蓮は由布のお世話にすることに関して、特に嫌がっている様子はないんだよな。なんだかんだ、やっぱり相性のいい二人だ。


 そんなわけで、カリカリと勉強を開始する。俺は読むだけだが。

 蓮たちは日本史。

 熱海は英語で、俺と黒川さんは数学の教科書を取り出していた。


「また一緒……」


 同じ教科書を取り出した俺と黒川さんを見て、思わずと言った様子で熱海がつぶやく。


「一番数学が苦手だからな。黒川さんも?」


「うん! 私も数学が苦手~」


 どうやら好みだけじゃなく、苦手な分野も一緒らしい。本当にとことん黒川さんとは被るなぁ……生き別れの双子かってぐらい似ている。

で、熱海はというと、予想通り英語が苦手らしい。そして、数学が得意とのこと。

 さらに言えば、俺と黒川さんは英語が得意だった。熱海とは完全に逆である。


「有馬くんと私って、もしかして生き別れの双子かな!?」


「俺も黒川さんと全く同じこと考えてたよ。頭の中も似てるのかもな」


「おー! すごいすごいっ! ここまで一緒だなんて滅多にないよね~」


 ウキウキでそう話す黒川さんとは対照的に、隣の熱海は肩をすくめて俺たちを見ていた。このテーブル上では一人だけ仲間外れになってしまっている状態だし、こうなるのも仕方ないか。


 ここからどうやって平常の空気に戻せばいいんだと思っていたところ、由布が「ちゃんと勉強しなさい!」と『それをお前が言うのか』という言葉を放ってきたので、俺たちは真面目に勉強に取り組むことに。

 俺は熱海がいまどんなことを考えているのかが気になって、あまり集中することができなかった。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 ファミレスからの帰り道、熱海と二人になってからマンションを目指して歩く。

 お互いに口数は少なく、会話らしい会話もない。俺が何を話したらいいのかと悩んでいるうちに、気づけば十分ほど歩いていた。


「有馬がモテるように、って話をしていたじゃない?」


 ふいに、熱海がそんな風に話しかけてきた。信号待ちで、行き交う車を眺めつつ、彼女はさらに言葉をつづける。


「なんだか、あたしってバカよね。本当に」


「どうした急に……? 少なくとも俺よりは頭はいいだろ」


 俺がそう言うと、彼女はクスリと笑って「勉強の話じゃないわよ」と言った。


「そうじゃなくて……私が何かしなくても、有馬はもともと素敵な男子じゃない。なのに私は『こうしたら良く見える』だとか、そんなことばかり言ってさ。有馬は容姿で判断されるのが嫌なのに、あたしは有馬のうわべの印象を良いものにしようとしてた」


 ……なるほど。熱海の言いたいことはわかるが、それはちょっと考えすぎじゃないか?


「そもそもの話だけど、これって俺に自信を持たせるためのものだろ? 人助けをしたときに、コソコソしなくて済むように」


 彼女は『モテる』という言葉を使っているから、無意識に恋愛につなげてしまったのだろうが、別に俺はここから恋愛に発展すれば嬉しいだなんて思っていない。

 人に嫌われるか好かれるか――その二者択一なら後者を選ぶし、人助けをしても怯えなくて済むなら、そちらのほうがいいに決まっている。


「それは結局、外見の話だ。内面は関係ない。だけど、内面を見てもらうために、そこそこの外見は必要だと思ってるよ。ま、蓮ぐらいまでいっちゃうとそれはそれで困るけどな」


 蓮が悩んでいるのを、俺は何度も見てきていたし。


「だから俺が目指すとしたら、『普通』かな。いままでは他の人と距離をとったりしていたし、その辺もゆくゆくは改善しようと思ってるよ」


 そこまで俺が言い終えたところで、熱海は「そっか」と小さくつぶやいた。

 彼女のやる気は空回りしているような気もするけど、俺は『やれやれ』と言いつつも、彼女の行動を嫌ってはいない。こんなにも俺の幸せを願って、俺に尽くそうとしてくれる女の子を、嫌に思ったりできるはずがないだろう。


 これがもし王子様相手だったら、熱海はいったいどこまで尽くす女の子になってしまうのやら……保護者目線というわけではないが、俺は心配だぞ。




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