第49話 中間試験がやってくる
学校を一日休んで、迎えた火曜日。
俺の体調は昨晩から回復しており、翌日は万全の状態で学校へ行くことができた。右腕は相変わらずギプスを嵌めているから、万全という言葉は適切ではないかもしれないが。
普段あまりかかわりのないクラスメイトたちも、熱海たちと同様に俺を気遣ってくれて、「大丈夫か?」「大丈夫だ」というやりとりを何度かこなした。
ゴールデンウィークもあったから、学校の空気は久しぶりだ。
熱海や黒川、蓮もいつも以上にテンションが高かったような気もするし、俺を含め、みんな日常が戻ってきて嬉しいのだろう。俺がみんなの日常に入り込んでいるということが、なんとなく嬉しく思えた。
「あたしも家が隣だったらなぁ」
昼休み。熱海が作ってきてくれた弁当をつつきながら、俺の昨日の一日をみなに説明していると、黒川さんが拗ねたような口調でそんな言葉を口にした。いちおう、周囲に聞かれてはマズいということは頭に入っているようで、しっかりと声のボリュームを落としていた。
そりゃ家が隣だと色々融通はきくかもしれないけど、相手次第ではかなり面倒だぞ。
俺にとっての熱海は、かなりの大当たりと言わざるを得ないが。めちゃくちゃ気遣いをしてくれるし、話していて気楽だし。
「あたしたちの場合は、お姉ちゃんと有馬のお母さんが同じ職場だったってのも大きいわよ。じゃないと、こんな風に気兼ねなく相手の家になんて行けないもの」
「うー……でもやっぱり羨ましいっ! 私も二人と遅くまでおしゃべりしたいっ! 家に帰るのに徒歩五秒なんて羨ましすぎるよ~」
ふぇぇなんて感じで泣き出しそうな雰囲気で、黒川さんが言う。
俺と熱海は男女だったけど、もし蓮みたいな男友達が隣に住んでいたら、しょっちゅう遊んでいるだろうな。黒川さんが羨ましがっているのも、きっとそういう意味合いなのだろう。
「黒川さんの家はお泊りとか禁止なの? 私の家には蓮が泊まりに来たりするよ」
蓮と全く同じ内容の弁当を食べている由布が、涙目になりそうな黒川さんに向かって言う。そういえば、たまに泊まったりしてるって言っていたな。
「なるほど……! その手があったねっ! でも、道夏ちゃんとお泊りなんて小学生以来だけど、大丈夫かなぁ? 道夏ちゃんはどう思う?」
人差し指を顎に当てて、首をかしげながら黒川さんが言う。彼女以外がやったらあざとく見えてしまいそうだが、なぜか黒川さんがやると自然に見えるんだよな。
「んー……たぶん大丈夫だと思うわよ? ほら、あたしのお姉ちゃん、そのあたり緩いでしょ?」
「千秋さんっておおらかだよね~。私の家も、たぶん道夏ちゃんとなら大丈夫って言いそうだ。どっちの家に泊まるかは、相談して決めようね!」
「そうね。そろそろ中間試験があるし、勉強会っていう名目もあるもの。たぶん大丈夫だと思うわ」
何気なく熱海が放った言葉に、一人の人間がギクッと体を強張らせる。スーッと自然を装って俺たちから視線をそらそうとするが、相方に肩を叩かれていた。
「紬、前回の試験は『余裕』って言っておきながらボロボロだったよね? 今回は真面目に勉強しなきゃダメだよ?」
「だ、大丈夫っ! なんとかなるから!」
「前回なんとかならなかったから、僕は言っているんだよ」
相変わらず、由布は勉強が苦手らしい。頭は悪くないと思うのだけど、彼女は単純に勉強が嫌いなのだ。頭の回転は速いくせに、集中力が著しく低い。
「由布さんって勉強苦手なの?」
首をかしげる黒川さんに、俺は「こいつ去年のテストで二百五十番ぐらいだったぞ」と情報を漏洩。由布は「言わないでよー!」と抗議の声を上げた。悔しかったら真面目に勉強しろアホ。留年するぞ。
ちなみに俺は三百人中三十番前後。蓮は二十番前後である。
ふだんから真面目に授業を聞いている俺と蓮は、特に試験に対する忌避感はない。
「そういえば熱海たちはどんなもんなんだ? まさか由布と争ったりしてないよな?」
普段の授業風景を見る限り、熱海も黒川さんも真面目に取り組んでいるし、先生に質問されたときはスラスラと回答している。だから、少なくとも由布より悪いということはないと思うのだが。
「前回は七番だったわね」
「私は十五番ぐらいだったかなぁ」
……大変失礼しました。二人とも、俺よりも普通に上の順位だった。
蓮を含め、彼女たちは俺の分のノートを相変わらずとってくれているのだが、とても見やすいのだ。ノートのまとめ方がうまい、イコール、勉強ができる。とは思っていなかったので、そこまで気にしていなかったが……この説は案外正しいのかもしれない。
「またファミレスに集まってさ、勉強会とかしたらいいんじゃないか? 平日だったら席が埋まってることはないし、遅くまで滞在しなけりゃ大丈夫だろ」
俺がそう言うと、蓮は「そうだねぇ」と苦笑する。
「試験一週間前からは本気で紬に教え込むから、それより前なら大丈夫だよ」
まぁ由布は放っておいたら本当に勉強しないからな……赤点はいつもギリギリ回避しているようだけど、それでも点数が悪いことには違いない。
「私はいつでも大丈夫だよ! 七時に家に帰りつければ!」
「あたしも大丈夫よ」
そんなわけで、全員の都合がつく明後日の木曜日に、放課後に五人で勉強会を行うことになった。俺は右手でペンを握れないから、読んで勉強するぐらいしかできないのだけど、俺より頭のいい人が集まっているから、多くを学べるに違いない。
試験前にあわただしく頭に知識を詰め込むのは、性に合わないからなぁ。
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