第35話 美少女二人



 数日が経ち、ついにゴールデンウィークがやってきた。

 休みの初日である五月三日に遊ぶことになったわけだが、正直女子と遊ぶ時の知識など、俺には漫画やラノベで入手したものしかない。

 そしてこういう時、女の子は家が近いにも関わらず、待ち合わせをしたがるものなのだと思っていた――思っていたのだが、


「すごくいい感じじゃない!? 有馬って髪の毛をセットすればめちゃくちゃカッ――ま、マシな見た目になるのね!」


「めちゃくちゃマシな見た目ってなんだよ」


 熱海は昼過ぎに俺の家にやってきて、服を選んだり、ドライヤー、アイロン、自前のワックスなどを使って俺の髪をセットしたりしていた。

 彼女は先日宣言したポニーテール姿ではなく、いつもの髪を下した姿で我が家を訪れている。『ポニーテールじゃないの?』とはなんだか俺が楽しみにしていたように思われそうで聞けなかった。いやまぁ、ちょっと楽しみにしてたのは本当なんだけども。


 熱海が着てきた服は、襟と袖部分だけ青い白のシャツに、薄いデニムのジーンズ。シャツはジーンズの中にすっぽり収められていた。

 お出かけだからか、それとも王子様に会う可能性を考慮してか、うっすらと化粧もしているらしい。まぁおそらく、その両方なんだろうな。


「デコがスース―するな」


 髪がワックスによって持ち上げられているので、空気がよくあたる。

 洗面所の鏡を見てみると、ちょっとさわやかに見えないこともない。


「学校の人たちが見たらビックリするわよきっと! 今日は恋愛に疎い陽菜乃しかいないのが残念ね。たぶん、普通の人がみたらドキッとするわ!」


 俺の背後に立ち、鏡越しに俺の顔を見ながら熱海が満足気に頷きながら言う。


「いったいどこからその自信は湧いてくるんだよ」


「それはほら――ギャップ萌えみたいな」


「萌えるわけないだろ!?」


 俺がツッコむと、熱海はケラケラと笑ってから「あたしもちょっと準備してくる」と徒歩十歩もない自宅へ帰っていった。そして五分ほどして、再び我が家にやってくる。


「どう? 有馬の好きなキャラってこんな感じのシュシュを付けていたわよね?」


 玄関にて、彼女は俺に見えやすいように横を向いてから言った。

 髪は頬に沿うような形で髪が両側にひと束ずつあり、残りは後ろ頭の高い位置で白のシュシュでまとめられている。もともとサラサラな髪だからか、彼女が動くたびに綺麗にしっぽ部分が揺れている。


 まごうことなきポニーテールだ。


 これを可愛いと思えないやつは、絶対おかしいだろ。狂ってるとしか思えない。

 ちょっと照れ臭そうにしているところが、さらに良いポイントになっていることに、きっと彼女は気づいていないのだろう。


「とてもよくお似合いだと思います」


「なんで敬語なのよ――あ、もしかして有馬~照れてるのかな~?」


 うわ……久しぶりに言い方うぜぇなコイツ……。


「それは熱海もだろ。顔赤くなってんぞ」


「は、はぁ!? 別にあたしは照れてないもん! ほら、今日いい天気だから! 暑くて――あ、っていうか、いま『熱海も』って言ったよね!? やっぱり有馬照れてるんじゃん!」


 そんな不毛なやりとりをしたおかげで、待ち合わせ時間ギリギリになってしまい、駅まで早歩きで向かう羽目になってしまった。黒川さん……もし待たせてしまっていたら、ごめんな。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「ごめんね陽菜乃、ちょっと待たせちゃった?」


「ううん、私もいま来たところだよっ!」


 待ち合わせの時間である午後一時。

 申し訳なさそうに言う熱海に対し、黒川さんはぐっと親指を立てて返事をする。

 黒川さんも熱海と同じく、宣言通りに白のキャスケットを被ってきていた。彼女が帽子を被ってくると言っていたから、頭の中で想像はしていたけれど――いやはや、俺の想像を軽く超えてきたな。


 黒川さんはいつも通り白い蝶の髪留めをつけているが、耳の後ろ部分は編み込まれていて、いつもよりおめかししている様子がうかがえる。

 水色のロングスカートに、それよりも少し色の濃いTシャツを着ていて、清涼感を覚えるようなファッションだった。涼し気で、それでいて明るい。


 彼女たちと歩くと薄い色のデニムのズボンに藍色のシャツを着ている俺が、非常に浮いている気がしてならない。熱海的には、『まぁまぁ』らしいが。


「えへへ、どうかな有馬くん?」


 黒川さんが俺に目を向けてはにかみつつ、帽子のつばを人差し指で持ち上げながら聞いてきた。どうと言われましても……。


「い、いいと思います」


「ありがとっ! 道夏ちゃんが『藍色の服を着ていかせる』って言ったから、私も青系統の服にしたんだよ~。ほら、道夏ちゃんも青色~」


 黒川さんは楽し気にそういうと、熱海の首元やズボンを指さす。

 言われてみれば、熱海の服装も青系ばかりだ。色合いは少し違うが、俺と同じくデニムのズボンだし、シャツの襟も青い。


「あ、あたしはたまたまだもん! 別に合わせようとしたわけじゃないわっ」


「え~、ほんとかな~」


「本当だってば! も、もう! ほら、こんなところでグダグダしてないで行くわよ!」


 熱海はプンスカ状態で、駅に向かって歩き出す。

 その後姿をちらっと見てから、黒川さんが俺に目を向けた。


「道夏ちゃん、顔赤かったよね。やっぱり図星なのかなぁ」


「自分だけ仲間外れになりなくなかったんじゃないか?」


 俺の意見に、黒川さんは「なるほどなるほど」と頷く。そして、


「そういえば、今日は髪の毛セットしてるんだね。有馬くん、さわやかでとってもカッコいいよっ!」


「お、おぉ……どうもありがとうございます」


 黒川さんが恋愛に興味がないという前情報がなければ、勘違いしてしまいそうだった。

 というか、いままで彼女に告白して振られた奴らの中に、絶対勘違いしたやつがいそうだ。


 知識って、大事だな。



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