第36話 案の定ナンパ




 電車に乗って移動し、駅の構内を歩いて目的地に向かう。

 デパートの入り口が駅の中にもあるので、外に出ることなく店内に入ることができた。俺は全く気にしないのだけど、女性陣はしっかり日焼け対策もしてきているようなので、日差しを浴びないにこしたことはないだろう。


 しかし、やっぱり視線がすごいな。

 彼女たちと外を出歩くことは帰宅中、カラオケに行ったとき、ファミレスに行ったときなど数回あったけれど、こうして三人で人の多い場所にくることは初めてのことだ。

 たぶんちらっと見られたぐらいでは気にならなかったのだけど、興味津々といった様子でジッと見てくる人や、二度見三度見をする人がちらほらいるのだ。

 これは俺という異物がいるからなのか、はたまた彼女たちの容姿に目を引かれているのか。どちらにせよ、俺には『なんだお前?』みたいな視線が向くのだけど。


「じゃあ上に向かいながら適当に見ていこーっ! 男の人の服は七階みたいだから、あたしたちのあとになるかな?」


「メインは最後にとっておきましょう。最初に行ったら時間全部使っちゃうかもしれないし」


「だね~」


 エスカレーターの近くにある案内板を見ながら熱海と黒川さんが言う。いつもよりテンションが高い気がするなぁ。というか、やっぱり俺の服選びがメインなのね。そして何時間かけるつもりだよ。服を選ぶのなんて五分もあれば十分だろ。



「あ、見て道夏ちゃん! この服可愛いよ! ほら、肩が透け透け~」


「ほんとだ。でも、この服って陽菜乃のほうが似合いそうよ?」


「そうかな? おそろいで買っちゃう?」


 女性服を取り扱っているテナントがある階にやってきて、一時間が過ぎた。

 服選びって時間がかかるものなんだなぁ……蓮もそんなに時間をかけないから、俺創作の中だけの都市伝説だと思っていたよ。


「有馬はどう思う? ほらこれ」


「可愛いかな~?」


 時折、彼女たちはこういった感じで俺に質問をしてくる。

 服を自らの身体にあてて、小首をかしげながら。


「そういうのって、下には何か着るものなのか? めちゃくちゃ透けてるけど」


 彼女たちが持っている服は、シャツの形状をしているものの、胸の少し上から肩に至るまでシースルーになっていた。

 俺がそう聞くと、黒川さんは「大丈夫大丈夫!」と明るく返答したのだが、熱海はニヤニヤした笑みを浮かべて俺に顔を近づけてくる。


「あー、もしかして有馬、下着が見えちゃうんじゃないかってエッチな妄想したのかな~?」


「……知識がないんだから仕方ないだろ」


 もしかしたら由布の私服でそんな感じのを見たことがあるかもしれないけど、そんなにまじまじと観察していたわけじゃないし。


「あははっ、拗ねないでよ~。まぁ有馬が心配してくれてるようなことにはならないから安心して。あたし、王子様以外には絶対に見せないもん」


 そういいながら、熱海は俺の胸をつんつんとつついてくる。相変わらずボディタッチにためらいがないなコイツ。


「たまにブラ紐とか見えてる人いるもんね~。私は恥ずかしいかなぁ。あ、こういう話って男子の前であまりしないほうがいいのかな?」


「そうね。有馬は思春期だし、やめておいたほうがいいわ」


「俺だけが思春期みたいな言い方やめろや」


 げんなりする俺を見て、二人はケラケラと笑う。

 精神的にやや疲れてしまうが、二人が楽しんでいるようでなによりである。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 結局、二人はシースルーになっている服を買わずに、熱海はボーダーのシャツ、黒川さんは薄手のカーディガンを買っていた。

 それから、雑貨屋を見たり、キッチン用品店を見て回ったりしながら徐々に上へ。

 二人がメインイベントと言っていた紳士服の階へとやってきた。


 そこまで服に興味がない俺と違い、彼女たちはなぜかやる気満々である。事前に熱海家から有馬家にお出かけリークがあったようで、今日母さんから二万円をもらっている。だから、金銭的な心配はあまりしていないのだが。


「自分たちの服選びより夢中じゃねぇか」


 彼女たちが服を選んでいるときは『意見を聞かせて』と言って俺を連れてきていたのに、現在は俺を置いてけぼりにして夢中になっている。

 とりあえず、店頭にたたんで置いてあった服を手に取り――、


「なぜ俺は黒ばかり手に取ってしまうのか……」


 広げようとして、やめた。今日はもう少し明るい服を選ぼうと思っていたのに。

 マネキンのファッションでも見てみようと思い、あたりを見渡してみると、白のパーカーを身に着けた大学生ぐらいの男性店員が、ニコニコとこちらに向かって歩いてきた。

 セールストーク苦手なんだよな……そう思って身構えていると、その店員さんは、


「失礼ですが、女の子二人と来ていましたよね?」


 そんな風に声をかけてきた。


「あ、はい。まぁ」


 そんな接客のスタートもあるのかとビックリしていると、その店員さんは視線を店内の奥に向ける。視線の先には黒川さんと熱海がおり、見知らぬ男二人が彼女たちに声を掛けていた。


「女の子たちは嫌がっているようですし、あなたがもし行動しないのなら、私が注意に――「行きます」――そうですか」


 その男性店員が言い終える前に、俺は足を動かしていた。少し遅れて、返事をした。

 熱海が黒川さんの手を引き、男たちから離れようとしている。

 黒川さんも一度男たちにペコリと頭を下げてから、熱海についていった。

 よしよし、このまま何事もなく終われば問題はない――そう思っていたのだが、


「ちょっと待ってよ~」


 男は軽薄な声色で声を掛け、黒川さんの肩に向かって手を伸ばした。

 早歩きからダッシュに切り替える。

 黒川さんと男の手の間に俺に左手を差し込み、魔の手を防いでから男の前に立った。なんとなく、知らない男が彼女に触れるのが気に食わなかった。


「え? だれ君?」


 それは俺のセリフだと思うんですが。

 金髪と茶髪の男たちは、二人とも俺と同じか少し高いぐらいの身長。それでも、年齢の違いのせいか、威圧感を覚える。どちらも俺をさげすんだような目で見ていた。


「彼女たちの友人です。嫌がっているようなので、やめてもらえますか」


 後ろで熱海と黒川さんが俺の背に手を置いているのがわかった。どちらがどちらの手なのかはわからないけど、二人分の手だ。

 男たちはじろじろと俺の顔を見て、そして足先から頭のてっぺんまでをざっと眺める。


「えぇ、マジで? なんで君らこんな冴えない男と遊んでんの? もっと良い男いっぱいいるでしょ!」


 そう言ってからギャハハと気分の悪い笑い声を上げる男たち。

 やべぇ……すごくムカつくんだけど、『俺もそう思う!』と思ってしまった。だけど、こいつらの言う『良い男』は、間違いなくお前らみたいな奴じゃない。

 こいつらは無視して店から出ようかと思っていると、熱海が俺の背後から右隣へと出てきた。


「ねぇ、あたしそろそろ限界なんだけど」


 ぼそりとつぶやく熱海を見て見れば、こめかみに血管を浮かび上がらせて笑っていた。怖ぇよ。怖いけど、俺のために怒ってくれてるんだよな、たぶん。


「こ、この人は冴えない男なんかじゃないです!」


 そして次に、黒川さんが前に出て男たちに言う。もしかしたら、熱海がブチ切れる気配を察知して発言したのかもしれない。嬉しいけど、ハラハラするからやめておくれ。


「まぁまぁ、そんなに怒らないでよ。じゃあそこの骨折してる君も一緒でいいから――「失礼します」――は?」


 まだ諦めた雰囲気のない男たちにげんなりしていると、先ほど俺に声を掛けてきた男性店員が俺たちのもとにやってきた。


「まだ続けるようでしたら警備を呼びますよ?」


 男性店員がスタッフの名札をチラつかせながらそう声を掛けると、男たちは舌打ちをしてからそそくさと去って行った。

 なんというか……俺、なにも役に立たなかったなぁ。



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