第34話 メンタルブレイカー



 翌日、学校を終えてからの帰宅中だ。

 蓮と由布の二人は放課後デートを楽しむらしいので、本日は黒川さんと熱海の二人と一緒に帰ることに。蓮というイケメン防御壁がない状態だけど、それ以上に女子二人の会話が盛り上がっているので俺はあまり周囲の視線だとかは気にならなかった。


「じゃああたしはポニーテールにするわね」


「私はキャスケット被って行くよ!」


 電車の中で、黒川さんから「好きなキャラクターとかいる?」と聞かれたので、適当にかっこいい男性キャラの名前をだして誤魔化そうとしたのだが、結局好きな女性キャラについても根ほり葉ほり聞かれてしまった。


 黒川さんの知識量は俺と同等だが、熱海にアニメ知識はほとんどないので、彼女はキャラ名をネットで検索して調べていた。

 で、なぜか今度出かけるときに、俺の好きなキャラクターの真似をしてくると言い出したのだ。俺の好みに合わせるより、自分の好きな格好をしたほうがいいんじゃないんですかねぇ。


「これで可愛い女の子に囲まれて上手く喋れずに悩んでいる有馬を見られるわね、陽菜乃」


「まだ言ってんのかよそれ」


「あははっ、可愛いって思ってもらえて嬉しくない女の子はいないんだよ有馬くん~」


 俺をからかう熱海に、陽のパワーをまき散らす黒川さん。

 きっと黒川さんには、明確に嫌いな人とか苦手な人がいないんだろうなぁ。だからこそ、そんな風に思えるのだろう。


 誰も嫌いじゃないけど、誰も特別ではない。

 もしこの先、黒川さんに好きな人が現れたとき、彼女が恋を知ったとき、いったいどんな変化が訪れるのだろうか。

 それは俺も同じで、自分が誰かを好きになったとき、どうなるのかわからない。

 楽しみである反面、怖いと思ってしまう自分もどこかにいる。


「『可愛い』って言葉だけじゃなくてもさ、有馬くんって、道夏ちゃんのお弁当食べてるとき、いっぱい『うまい』って言ってるでしょ? 城崎くんも、有馬くんほどではないけど、由布さんのお弁当褒めているし。私は道夏ちゃんとか由布さんみたいに上手くお料理できないから、おしゃれして褒められるように頑張るねっ!」


 むふ~という鼻息を漏らし、こぶしを握って気合をアピールする黒川さん。

 十人中最低でも九人は可愛いと言いそうな容姿を持っているというのに、さらに健気さも持ち合わせているらしい。俺に褒められることに、いったいどれだけの価値があるというのか。


 おしゃれなんてせずとも、十分可愛いだろうに。

 可愛いなんて言葉は、彼女はもう聞き飽きているだろうに。


「黒川さんは俺が弁当を食べてるところを見てるからわかるだろうけど、誉め言葉にはあまり期待しないでくれよ?」


「えへへ、いっぱい期待しておくねっ」


「勘弁してください」


 少しずつ、黒川さんとの間にあった心の距離も近づいてきた気がする。知り合いから友達になったみたいな些細な違いだけど、俺としてはとても久しく味わっていない感覚だった。

 ずっと、蓮と由布の二人だけと遊んでいた。


 蓮は優れた容姿であるという理由で、由布はお金持ちという理由で、そして俺はいじめられていたという理由で、方向性はそれぞれ違うけど、みな人を簡単に信じることができなくなっていた。

 だからこそ、俺たちは一緒にいることができた。


 俺はなにかと『蓮はイケメンだから』ということを言うけれど、仲良くなった要因にそこは一切関係ない。蓮も由布も、人の中身を必要以上に重要視するような奴だったからだ。


 そういう意味で言えば、黒川さんも熱海も、蓮たちと似ているかもしれない。

 黒川さんは、中身を重要視するのではなく、そもそも相手の見た目に意識が向いていない。

 熱海は、王子様以外はみんな同じという方向で、外見を気にしない。


「熱海」


 電車を降りて階段を下りながら、相変わらず俺が落ちた時の心配をして前を歩く熱海に声をかける。彼女はこちらに目を向けないまま、「どうしたのー?」と周囲の喧騒に負けないような声で聴き返してきた。


「ありがとな――その、色々と」


 熱海がしつこく俺にかかわってくれたおかげで、俺は少しだけど前に進むことができた。

 一生蓮と由布だけと友達なんだろうと思っていたけど、彼女のおかげで、新たな友人が二人できた。


 俺の過去を聞いて、泣いてくれた。

 俺に幸せになってほしいと言ってくれた。

俺の外見など一切言及せずに、ただただ俺の行動を褒めてくれた。

 他にもいろいろと、彼女は俺を助けてくれている。俺の高校生活を彩ってくれている。


「別にお礼を言われるようなことをした覚えはないわよ?」


 階段を下りきったところで、熱海はキョトンとした表情でこちらを振り返って言った。黒川さんは少し先を歩いていて、改札を抜けようとしている。


「有馬が幸せになってくれたら、あたしにはそれがなによりも嬉しいから――ってこれはそういう意味じゃないから! 変な勘違いしないでよねっ!? あんたが! 素晴らしい人間だから! 幸せになるべきだって意味だから!」


「ははっ、そこは勘違いしようがないだろ。お前が王子様に夢中なのは、いやというほどに知ってるし」


「べ、別にそこまで夢中じゃないもん!」


「いやそれはない。俺は本当にお前が王子様を見つけた瞬間の時が心配だよ。興奮しすぎて頭爆発したりするんじゃねぇの?」


「あんたがそんな心配しなくていいの! ほら、陽菜乃が待ってるから行くわよ!」


 王子様への溺愛を指摘されて恥ずかしかったのか、熱海は顔を赤くして早口で言う。そして、俺の左手を握って、改札がある方向に引っ張――


「ひゃっ!?」


 ――ろうとして、静電気でも発生したかのようにびくっと手を離した。

 ドキッとして、そしてショックを受けた。


「嫌がるならそもそも握ったりするなよ……俺の心をブレイクしたいのかお前は。俺のメンタルはそんなに強くないぞ」


「ち、違うっ! これは陽菜乃の手を引く癖で――だ、だって、男子の手を握るとか、は、恥ずかしいじゃん!」


「……なるほど?」


 言われてみると、彼女の顔はたしかに先ほどよりさらに赤くなっている。恥ずかしがっているという彼女の言い分は正しいのだろう。汚い手に触れてしまったと思っているのならば、どちらかというと青ざめそうだし。

 というか、この前家を出た時に『手、繋ぐ?』なんて聞いてきたくせに、いざ握ったら照れるのかよ。


「熱海って、意外と男子に対して免疫ないんだな」


「うっさい! あんたに言われたくないわよ!」


 それはごもっともです。



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