第33話 些細な変化
その日の放課後。
蓮たちと別れて、熱海と二人になった。
会話の内容は昼休みと同じく、ゴールデンウィークについてである。
電車で移動し、駅を出てすぐ近くにあるデパートで買い物をするという計画なのだけど、正直それ以外は何も決まっていない。熱海が言うにはショッピングということなのだけど、彼女は特に買いたいものがあるわけではないという。
というか、メインの目的がいつの間にか俺の服選びになっていた。
「そんな奇抜なものを選ぶつもりはないから安心しなさいよ。そんなにあたしが信用ならない?」
熱海が不満と悲しさを混ぜたような表情で聞いてきた。
「別に信用してないわけじゃない。というか、せっかくの休日に俺の服なんか選んでていいのか? 俺は助かるけど、熱海たちは楽しめるのか?」
「楽しめるわっ!」
とても力強い返事をもらった。あれか、着せ替え人形みたいなもんなのだろうか。
昼休みにも同じようなことを聞いてしまった気がするし、あまり卑屈にならないようにしよう。せっかく、二人が俺のために行動してくれようとしてくれているのだし。
「あ、そういえば、今日はあたしがご飯作るわよ」
いつも行くスーパーに近づいてきたところで、熱海がそんなことを言い出した。
たしかに今日うちには夕食がないから、スーパーかコンビニで弁当を買おうと思っていたが……なぜ熱海はその情報を知っていたかのように話すのだろう?
「有馬のお母さん――優美さんに頼まれてたのよ。今日は一緒に食べてね~って。まぁあたしは王子様に作るための練習になるし、全然苦じゃないから気にしなくていいわよ」
「えぇ……」
母さん、いつの間にそんなことを頼んだんだよ。というか、熱海は俺の母さんの連絡先を知っているのか? それとも、千秋さん経由とか?
「あんたが困ることはないでしょ? あたしの料理が嫌いだって言うなら別だけど」
「嫌いってことはないよ。弁当もありがたいし」
「ふふっ、どういたしまして」
お礼を言うと、熱海は嬉しそうにそう答えた。こういう顔、学校ではあまり見ないんだよな。もしからしたら熱海も俺と同じように、二人でいるときは少し気楽に思ってくれていたりするのだろうか。
相手が女子だとか関係なく、そう思ってもらえるのは嬉しいもんだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
熱海は我が家で洗濯物をたたみ、一度家に帰って風呂を済ませてから戻ってきた。母さんたちが帰ってくる十時半――その時間ぎりぎりまで我が家で過ごすつもりなのだろう。もはやいつものことだから、いまさらなんとも思わないが。
「そういえば腕のギプスってあとどれぐらいで外れるの? 今更だけど、外出して大丈夫?」
キッチンで絶賛料理中の熱海が、カウンター越しに顔を出して聞いてきた。
「あと二週間ぐらいで外してくれるってさ。あとはサポーターみたいなものをつけるらしい」
この前の土曜日に病院でギプスを付け替えてもらったのだけど、いつの間にか自分の腕がミイラになったかのように細くなっていた。骨と皮だけみたいな感じで、自分の腕じゃないみたいだった。リハビリ期間も含めると、完治はまだ遠そうだなぁという印象。
俺の答えに、熱海は痛々しそうに眉を寄せて「大変ね」と言葉を漏らした。
ちなみに、本日のメニューはカルボナーラとのこと。熱海家ではよく作られている料理らしいが、俺はファミレスとかスーパーで見た記憶しかないし、あまり食べたことはない。
「有馬は黒コショウかける?」
「んー……熱海のおまかせで」
「じゃあ陽菜乃の好みに合わせとくわ」
あぁなるほど。俺と黒川さんの舌の好みが似ているから、彼女に合わせておけば俺と一緒の可能性が高いということか。確実ではないだろうけど、確率は高いかもしれない。
それから数分後、熱海はダイニングテーブルにカルボナーラが盛り付けられたお皿を設置。俺は二人分の飲み物を準備しておいた。熱海に「けが人はおとなしくしてて」と言われたけど、さすがに何もしないのは心苦しいのだ。
料理をしながらも熱海はちらちらとこちらを気にしていたから、かえって邪魔になってしまった可能性もある。反省。
「いただきます」
「いただきます――あ、あたしがもう片方の手をやってあげようか?」
「アホか。いらねぇよ」
俺が片手で祈るポーズをしているのを見た熱海が、ニヤニヤとした視線を向けて言ってきたので、即座に否定してフォークを手に取った。
どうやら、黒川さんはカルボナーラに黒コショウは無し派のようで、俺のカルボナーラは何もかかっていないまっさらな状態だった。熱海のほうは、ぱらぱらと黒い粒が散らばっている。
「……じろじろ見られると食べづらいんですが」
「えー、これぐらい別にいいじゃん。料理した人の特権ってやつよ」
熱海は顎を両手で支えてニコニコした表情で言う。語彙力のない俺の口から出る言葉なんて、もうさすがにわかっているだろうに。
「……うまい」
クルクルと巻き付けたパスタを口に運び、咀嚼してからそんな簡素な感想を口にした。
すると、熱海はいつものように「よかった」と口にする。
「あ、いちおうこっちも食べてみる? 黒コショウかけてるやつ」
熱海はそういうと、俺のほうに自分のお皿を寄せてくる。
彼女はまだ手をつけていないし、同じカトラリーを使うわけでもないからセーフか。王子様以外は嫌がりそうなもんだけど、そんな雰囲気もない。
「じゃあ一口だけ――おー、なるほど、こんな味になるのか」
黒コショウがかかった部分のパスタを少しだけもらって食べてみたが、どちらかというと、シンプルな味のほうが俺は好みかも。
「やっぱりシンプルなほうが好き?」
「たまに食べる分には黒コショウもいいんだけどな」
「そっか――やっぱり有馬と私の好みって、ちょっと違うんだね」
熱海は苦笑しながらそう言って、お皿を引き寄せてからパスタを食べ始める。髪が垂れてこないように耳にかけていて、なんだかその姿は色っぽくも見えた。
しかし……俺の気にしすぎだろうか。
ちょっと前までは熱海は『俺と黒川さんの好みが同じ』ということに意識が向いていたようだけど、なんだか今は『熱海と俺の好みが違う』ことを気にかけているような気がするのだ。
それはきっと熱海が俺の料理や弁当を作ってくれているからなのだろう。だから、たまに彼女が落胆しているように見えるのは、きっと俺の気のせいなのだ。
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