第23話 相談、そして決断



 翌日火曜日。

 先日鏡で確認した時には、みごとに紅葉柄を描いていた俺の頬も、朝起きたらいつも通りの肌に戻っていた。

 昨晩、蓮にチャットで『明日は先に学校行く』と伝え、俺は元々の通学時間――八時に学校へ付くように家を出た。


 熱海へのイライラはいまも胸にくすぶっている。だが、ひどいことを言ったという想いも、少なからず胸の中をうごめいている。

 歩いている途中も、電車に乗っている間も、学校についてからも、ずっと昨晩のケンカの事ばかり考えていた。そして何度も、『俺は正しい事を言ったはずだ』と思う。

 机に肘をついて登校してくるクラスメイトたちをぼうっと眺めていると、教室に友人三名が入ってきた。熱海の姿はない。


「なるほど! さてはみっちゃんと喧嘩したなアリマン!」


 俺の顔を見るなり、ド直球で図星を突いてくる由布。登校時間のことと、今の俺の表情を見て判断したのだろうが、もう少し遠慮とかしてくれよ。

 由布から視線を逸らし、蓮に向けて『どうにかしてくれ』と視線を送ると、彼は「まぁまぁ」と由布を宥めてくれた。助かる。

 ちなみに、黒川さんは悲し気な顔で俺を離れたところから見ている。彼女は、熱海から何か話を聞いているのかもしれない。


「状況はわかんないけどさ、ヒナノンはみっちゃんの味方、蓮はアリマンの味方してあげなよ? どんな理由があるにせよ、孤独は辛いからね~」


 おいおいと泣き真似をしながら由布が言う。もうちょっと空気を読んでテンション下げてくれませんかね。ついていけないんですが。


「そもそも、二人とも根は良い人なんだからさ、どっちかが悪者ってわけでもないだろーし」


 続けて、由布はそんな言葉も付け加える。それから「ねー」と黒川さんにも声を掛けていた。未だ元気のない黒川さんに、由布が「大丈夫大丈夫」と声を掛けていると、時間ぎりぎりになって熱海が教室に入ってきた。


 赤く充血した目で一瞬こちらを睨むが、すぐに席に付いてうつ伏せになる。

 その光景を見て、由布も蓮も顔を引きつらせていた。黒川さんはやはり、悲しそうな表情を浮かべている。

 俺から謝るつもりはないが、いつまでもこの状況が続くと思うと、億劫だなぁ。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 熱海と俺がケンカ中であることは、あっという間にクラス全体に広まってしまった。

 というのも、それぐらい普段俺と熱海は接している時間が長く、休み時間は基本喋っているし、コソコソと会話をしている姿をクラス全員が一度は見たことのある光景となっていたらしい。


 それを、まだ一言二言しか会話もしてない男子生徒が教えてくれた。ついでに、本当に付き合ってないのかも聞かれた。付き合ってねぇよ。

 昼食時は、俺と蓮が由布のクラスに行くことで熱海との接触を回避。

 蓮たちにケンカの理由を聞かれたけど、「熱海がしつこいからだ」と明確な内容を濁して、ふてくされたように食事をした。


 放課後も、この三人で帰宅した。たぶん、熱海は黒川さんと帰宅したのだと思う。それを判断できないぐらい、俺は彼女を視界に入れないようにしていた。



 翌日の水曜日も、そして木曜日も。



 俺はひとことたりとも熱海を会話することなく、学校を終えた。

 ――で、現在。俺は放課後、カップルと一緒になじみのあるファミリーレストランに訪れていた。いい加減、詳しく聞かせろということで。


「僕としては早く仲直りしてほしいからね、クラスメイトからも頼まれてるし」


「なんでクラスメイトから?」


「教室の中がピリピリしてるんだって。それは僕も感じてるよ」


「なるほど、それは悪かったな」


 あまり反省しなさそうな声色だなと自分で思いつつ、梅昆布茶をズズズと飲む。


「熱海は救った救われたの関係に執着しすぎなんだよ。そりゃ俺も蓮には迷惑かけたと思うけどさ、熱海には関係ない話だろ?」


「はいはーい! 私も旦那が惚れられるかもしれないって思っちゃいましたー!」


「すんませんでした」


 即座に頭を下げて謝る。たしかに由布も被害者だ。そこまで頭が回っていなかった。


「まぁ蓮は私のこと大好きだから心配してないけど、ヤンデレ的な子に好かれたらやっかいじゃん? だからあんまりこういうことは無しにしてね~?」


「はい」


 由布に指摘され、再度頭を下げる。

 蓮がいつものように「まぁまぁ」と由布をたしなめる声が聞こえてきた。


「じゃあこれで僕らのことは良しとして、本題は熱海さんだよ。何か逆鱗に触れるようなこと言ったの?」


 逆鱗に触れるようなこと……か。

 それはたぶん、ビンタされる直前に俺が言った『会わないほうが幸せなこともある』といった感じの言葉だろう。でもそれだけじゃなく、色々アイツが怒りそうなことは言ったからなぁ……その全てが積み重なった結果、あの怒りだったのだろう。


「そもそもの原因って、アリマンが昔のこと説明してないからだよね」


 コップに注がれた梅昆布茶をジッと見ていると、由布からそんな風に言われたので顔を上げる。


「『アイツは俺の過去を知らないから』とか『俺の気持ちになってみろ』とか、アリマンそんなこと考えてるんじゃない? そんなのみっちゃんがわかるわけないじゃん、アリマンが言ってないんだから」


 由布の言葉が、グサグサと胸に刺さる。

 わかっているけど、あんな黒歴史、人に易々と話すもんでもないだろ。


「もちろんさ、アリマンがみっちゃんと親しくなるつもりがないっていうなら、わかり合う必要はないと思う。けどさ、いまさらみっちゃんに話すのを躊躇うことある? もうかなり仲良しじゃん、アリマンとみっちゃん。全部話して、理解してもらったほうがいいんじゃない?」


 いつものおちゃらけた雰囲気はなく、由布は諭すように淡々と言葉を並べる。

 この二人には、弱り切っていた時に友達になったからわりと躊躇いなく話すことができた。たぶんそれは、これ以上みじめになることはないと思っていたからだろう。


 こうして友達ができて、そこそこの幸せを手にしたから、暗い時代の自分を他の人に知ってほしくなかった。だから、熱海に話すつもりはなかった。

 あいつは、昔俺がいじめられていたと知ったら、どういう反応をするんだろうか。

 その時のことを想像していると、今度は蓮が口を開いた。


「もしもさ、熱海さんが優介の過去の話を聞いたとして」


「……おう」


「それで幻滅したりするようなら、さっさと縁を切ればいいんじゃないかな」


 ニコニコとした表情で、キレのある言葉を口にする蓮。たまにこういうところあるよなぁコイツ。


「お前はまた、ハッキリしてるなぁ」


「だってそんな人と友達になりたいと思う? 僕はごめんだね。うわべだけの関係なんて、作るだけ無駄だよ」


 蓮もまた、俺とは逆の意味で苦労していたからなぁ。

 だから俺みたいに、深い友達は少ないのだろうけど。


「…………話すかぁ」


 たっぷりためて、絞り出すように口にした。もう当たって砕けろの精神である。

 これで関係が終わるならそこまで。続くなら、たぶん悪いようにはならないと思う。


「おっ! それでこそアリマン! 蓮の次にかっこいい男っ!」


「いつ話すの? 学校じゃ難しそうだよね」


 さりげなく彼氏を褒めつつ俺を持ちあげる由布の横で、蓮は「いつがいいかな」と悩み始めた。だけど、俺はもう決めた。


「今から言う。いちおうチャットは送ってみるけど、無視されたら、あいつの家のチャイム連打するわ」


 千秋さんが仕事でないことを祈っておこう。




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