第21話 ねぇなんで?



 蓮、由布、黒川さんの三人と別れ、いつも通り熱海と二人になった。

 なんだか、蓮にあんな話をされたからか、いつも以上に隣を歩くクラスメイトの女の子を意識してしまう。


「長かったけど、もしかしてトイレで手紙を読んでたの?」


「まだ読んでない。ちょっと話してただけ」


「そ、逃げずに受け取ったことは褒めてあげましょう」


 ふふんと鼻を鳴らし、熱海は上機嫌に歩く。そして、スーパーの前に差し掛かったところで、熱海がこちらを見上げた。今日もスーパーに寄って帰るのだろうか?


「俺は特に用事ないけど、行くなら付き合うぞ」


 どうせ帰り道は一緒なのだし――そう思って声を掛けた。

 すると彼女は、顎に手を当ててしばらく悩んだのち、


「明日、有馬の分の弁当も作ってあげようか?」


 そんなことを言い出した。


「へ? いや、そりゃ嬉しいけど……なんでまた?」


『熱海の手作り弁当』が『男子からの嫉妬』に一瞬で勝利してしまったため、すぐに『嬉しい』という単語が口から出てきた。

 それにしても、なんで熱海は急にこんなことを言い出したのだろうか?


「この前シチュー食べてもらったでしょ? 今度は弁当で試してみようと思って。あんた好き嫌いある?」


「……しいて言うなら、ゴーヤが苦手だけど」


「わかった、内容は左手だけで食べられるような弁当にするわね」


 そう言って、彼女はスーパーに向かって歩き出す。俺も慌てて彼女の横に並んだ。

 彼女は思いつきでこんなことを言い出したのかもしれないが、さすがにクラスメイトの男子にお手製の弁当を作るのはマズいんじゃないか?


「お互いの家に出入りしているのはバレないだろうけど、弁当はさすがにマズくないか? これこそ、本当に勘違いされる可能性あるぞ?」


 あいつら、実は付き合ってるんじゃない? とか。

 俺はともかく、片思い中の熱海がそんな勘違いをされたらマズいだろう。


「へーきへーき。だって有馬、別グループの弁当の内容とか見る? 見ないでしょ? いつも一緒にご飯食べてる三人に理由を説明しておけば問題なしよ。あの三人は、あたしがどれだけ運命の人のことが好きか知ってるし、勘違いしないだろうからね」


 ……なるほど? 熱海の言う通り、他の人の弁当の中身なんていちいち確認しないか。

 しかも、特別仲良しでもない相手のものを。

 いやでも、さっき蓮もあんなことを言っていたからなぁ。あの二人も俺たちの関係性を疑ってきそうな気もする。俺の考えすぎだろうか。

 自動ドアを抜け、買い物カゴを手に持つ熱海についていく。


「うじうじ言ってないで、覚悟を決めなさい! 美少女の手作り弁当のために!」


「自称すんなよ……」


 否定の言葉は口にせず、俺は愚痴るように呟いたのだった。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 熱海が購入したものは、主に冷食関係。

 てっきりまた晩御飯を作るのかと思っていたけど、それはすでに千秋さんが作って冷蔵庫にいれてくれているらしい。


 そんなわけで、いつもの流れである。


 風呂を済ませ、トレーに晩御飯を乗せた熱海が我が家にやってきた。これまたいつも通り、少女漫画も持ってきている。そして彼女は我が家の洗濯物を畳み、食器を洗ってくれる。俺はその間部屋の掃除をしていた。


「熱海さ、たまに俺のこと指でつついてくるだろ? 最初のころは、頭握りつぶそうとしてきたし」


 食事と家事を終え、二人で並んでソファに座ったところで、気になっていたことを聞くことに。帰宅時に聞いた蓮の話が、ずっと頭の隅に残っていたのだ。


「あぁ、これのこと?」


 熱海は俺への返事をしながら、俺の頭をわしづかみ、そしてギリギリと力を込めてくる。何のためらいもないなコイツ。


「痛い痛い痛いっ!? 実演せんでいいわ!」


「あははっ、で、これがどうしたの?」


 熱海はケラケラと笑い、ソファの背もたれにゆったりと背を付けて聞いてきた。


「男子に触れるのって、抵抗ないのか熱海」


 聞くと、彼女はキョトンとした表情で「ん?」と首を傾げた。そして、顎に手を当てて悩み始める。次第に、眉間にしわが寄ってきた。


「……? あれ? なんで?」


「なにが?」


 問いかけるが、彼女は自分の世界に入り込んでいるようで、「不思議」とか「どうして」などの言葉を口にする。

 やがて、考えがまとまったのか、彼女は手の平にポンと拳を落とした。


「たぶんあれよ。あんたが人畜無害っぽくて、女々しいからじゃない?」


「それ、絶対褒めてないよな?」


 なんだか期待して損した。

 いや期待? 期待ってなんだ? ……まぁ、人に好かれて嫌な気分になる奴なんていないか。


「他の男子で想像してみたけど、なんかダメなのよねぇ。なんでだろ……あんたならセーフって感じがする――ねぇなんで?」


 そう言って首を傾げつつ、熱海はふにふにと俺の肩を人差し指でつついてくる。

 悪い気はしないけどさ、そういうスキンシップは王子様とやらにやったほうがいいんじゃないのか?


 万が一、本当に万が一――俺が熱海のことを好きになったりしたら、誰も幸せにならないだろうに。いまのところ、可愛い女友達という感覚だけども。

 コイツが運命の人に惚れていようと、俺の心は苦しくはならないし。


「運命の人とやらに見られないようにな。嫉妬深い人だったらどうするんだ」


「その時は王子様をデロデロのアマアマのトロトロに甘やかしてあげるわ」


 むふふとやや下品になりかけの笑顔で熱海が笑う。

 いつか蓮が『片思いでも良いから』と言っていたけど……たしかに、彼女はとても青春しているような気がするな。



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