第20話 手紙



 翌日月曜日の昼休み。


「はいどうぞ城崎くん! 遅くなっちゃったけど、お礼のお手紙を書いてきました! 由布さんにはバッチリ許可とってるから、安心してね!」


 由布がクラスにやってきて、蓮が俺の後ろの席に座ったところで、黒川さんがはがきサイズのピンクの封筒を蓮に渡した。

 一瞬何が起こったのか理解できなかったが、昨日の熱海とのやりとりを思い出し、視線を右に向ける。熱海が口の端を吊り上げてしてやったりという表情を浮かべていた。


 手紙を受け取った蓮はというと、どうやら彼もすでにこうなることは理解していたらしく、自然な態度で「家で読ませてもらうね」と返事をしていた。

 なるほど……これなら蓮から俺が手紙を受け取れば、脳内で宛名の文字を変換するだけで、黒川さんからのお礼が俺に伝わると――なんという回りくどい手段を思いついたんだコイツ。


「私もヒナノンに対抗して蓮にお手紙書いてきたよ! よかったら朗読してあげよっか?」


「えぇ!? お、お願いだから朗読はやめて……」


 由布のことだ。たぶんその手紙の中には『大好き』とか『愛してる』なんて言葉がところせましと散りばめられているのだろう。これを朗読されたら、俺なら恥ずかしくて耐えられそうにない。



 まさかこの手紙がきっかけで空回りしていた歯車たちがカチリと噛み合ってしまうことなど、この時の俺には想像することもできなかった。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 学校からの帰り道、俺は駅構内にあるトイレで蓮から手紙を受け取った。


「どんな内容かわからないけど、話して問題がないようなら、チャットで軽く教えてほしいかな。黒川さんと話を合わせる時に必要かもしれないから」


 まぁそれはそうだ。

 黒川さんは蓮にお礼を伝えるためにこの手紙を書いたのだから、受け取り主である彼が内容を知っておかなければマズいだろう。彼氏持ちの蓮に対する手紙だし、由布に許可を貰っているということだったから、人に見せられないような内容ではないはずだけど。


「別に必要ないんだけどなぁ……」


「助けた人の責任ってやつだよ」


 なぜ助けた奴に責任が発生するんだ――そう心の中で愚痴りながら、俺は手紙を通学バッグの中にしまった。外にみんなを待たせているし、さっさとトイレから出るとしよう。


「熱海さんとはどう? 仲良くやってる?」


 足を踏み出そうとしたとき、蓮がそんなことを聞いてきた。

 隣に住んでるし、日曜日に黒川さんと熱海が来たことも話したから、気になるのか。


「良くも悪くも――って感じだよ。相変わらず黒川さんに言わせようと試行錯誤してるけどな。この手紙だって、その一環だろ」


 お礼の言葉を伝えようとしているだけじゃなく、これをきっかけに俺の心情に変化をもたらせようとしているのかもしれない。どんな内容であれ、俺は逆効果だと思うけど。

 なにしろこれは、イケメン城崎蓮にあてられた手紙だからな。


「僕も紬もさ、優介と熱海さんを見て『なんだかあの二人お似合いだよね』って話をしていたんだよ。なんとなく、他の人より距離が近い感じするし。お互いにさ」


「そりゃあいつがガツガツ言ってくるからだよ、しつこいぐらいに。黒川さんの件がなけりゃこうはなってないはずだ」


 最近になって思う。

 あの階段の事故がおきなくて、ただたんに同じクラスの前後の席というだけだったら、俺と熱海の関係はどうなっていたんだろう――とか。

 もしマンションで隣同士になっていなければ、どうなっていたんだろう――とか。

 あいつに運命の人とやらがいなかったら、どうなっていたんだろう――とか。


「じゃあ優介、これは知ってるかな? 黒川さんから聞いた情報なんだけど……熱海さんが男子に触れたこと、いままで一度も見たことなかったんだって」


 蓮は穏やかな表情で、そんなことを言い始めた。

 ……はぁ? あのことあるごとに俺の胸や背中を指で突いたり、わき腹を殴ってくる熱海が? 男子に触れたことがない? んなわけないだろ。


「それはいくらなんでも嘘だろ。あいつめちゃくちゃ気安く触ってくるぞ。思春期男子の気持ちも知らずにさ」


 困惑を最大級に表情に乗せて、俺は言う。

 だけどたしかに、熱海が他の男子と喋っているところは見たことはあるが、手とかに触れているところは見たことがないな。女子相手にはよく見るけども。


「たぶんね、熱海さん本人も自覚していないと思うんだ。なんって言ったらいいのかな――本能的に優介に対する嫌悪感がまったくないんだと思うよ、彼女」


 嫌悪感がないだと? いやいやないないないない。それは絶対にない。


「あいつ、今はかなりマシになってるけど、最初はめちゃくちゃ俺のこと睨んでたし、『最高に嫌い』とまで言ってきたぞ。それはないだろ」


 地味にショックだったから、その言葉は覚えている。

 しかしその話を俺がしても、蓮が驚くことはなかった。


「だから、『本能的に』って言葉を使ったんだよ。意識の、もっと奥底にあるモノさ」


「…………お前ってそんなにスピリチュアルな話をするやつだっけ? 偽物か?」


「あははっ、スピリチュアルみたいなのとは違うよ~。ともかく、これからも仲良くやれるといいねってことで」


 蓮はそう言って言葉を締める。そうして「そろそろ行かないと怒られそうだね」と笑った。





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