第16話 美少女二人とカラオケ
三人でカラオケにやってきて、五分ほど談笑したのち一曲目は熱海が歌うことになった。
二人で行く時はいつも熱海が先に歌うらしいし、俺が一番手を恥ずかしがったためである。順番は、熱海、俺、黒川さんということになった。
「~~~~♪」
熱海が歌っているのは女性歌手の有名曲。歌詞の内容は、片思いの女性の気持ちを表すものだった。
たぶんCMとか街で流れているようで、耳馴染みのある曲である。フルで聞いたことはなかったが、この曲はこんな歌詞だったんだなぁ。
それにしても、やたらと上手いな熱海。
怒鳴られることが多かったせいか、なんとなく荒っぽい声を想像していたのだけど、透明感のある、それでいて空のように大きな広がりを感じるような声だった。音程も外さないし、ビブラートもかなり自然にできている。
「道夏ちゃんって歌上手でしょ? 私はこんなに上手くないから期待しないでね?」
モニターに映し出された歌詞、そして歌う熱海をチラ見などしていると、黒川さんが俺に近づいて声を掛けてきた。聞こえやすいように、顔を近づけて。綺麗にカールしている長い睫毛に少しドキッとした。
「大丈夫大丈夫。それより、このあと俺めちゃくちゃ歌いづらいんだけど……」
俺もすでに歌う曲を機械に送信済みだ。
好きな男性バンドの、わりと有名な曲。青春の歌だ。
笑われたりはしないだろうけど、愛想笑いとかされたらへこみそうだなぁ。音痴ではないつもりだけど。
「う~ん切ない! 切ないよねぇ!」
歌い終わった熱海が、マイクを抱きしめながら言う。
俺と黒川さんが拍手をすると、彼女は照れくさそうに「どうもどうも」と頭を数度下げた。
そして、オレンジジュースをストローでチューチュー。
「めちゃくちゃハードル上げられて歌いづらいんですが」
熱海がおいたマイクを手に取り、ジト目を向けながら言う。すると、熱海はニヤニヤとした表情を浮かべて、俺の胸をトントンと突いてきた。だから男子を気安く触るなって。
「あれぇ、もしかして有馬ー、『歌上手いね』って言うのが照れくさくてー、遠回しの表現とかしてないかなー?」
「うわうぜぇ……」
そこはわかっても指摘するなよ馬鹿。
「あははっ! 図星の反応じゃん有馬! おもしろっ」
よほど熱海のツボに入ったのか、彼女は目尻の涙をぬぐいながら笑っていた。
今度何かで仕返ししてやろう。方法は特に思いつかないけども。
「もー、あまり有馬くんをからかっちゃダメだよ道夏ちゃん! あ、もしかしてアレかな? 二人って仲良しだし、好きな人をいじめたくなっちゃうみたいな――」
「「ないない」」
黒川さんの謎の理論は、二人そろって否定した。
熱海は運命の王子様にご執心だし、俺もそれを理解しているからな。昨日も漫画読んでいる最中、うわ言のように『会いたいなぁ』とかぼやいていたし。
「よし、下手でも笑うなよ二人とも」
俺のいれた曲の音楽が流れ始めたので、立ち上がる。
熱海は座っていたけど、俺は立っていたほうが歌いやすいのだ。ちなみに由布も立つタイプ。
「あー! この曲好き! というか、このバンド私好き! 私も良くカラオケで歌うよこの曲っ!」
そう言うと黒川さんは、鼻歌を口ずさみながら身体を左右に揺らす。
マジか……もしかして俺、黒川さんが歌いたい曲奪っちゃった感じ?
「俺、別の曲にしようか? 黒川さんこれ歌う?」
そう言いながらマイクを手渡そうとすると、彼女はブンブンと首を横に振った。そりゃ『じゃあ歌う!』とはならないか、失敗したな。
「じゃあせっかくだし一緒に歌おうよ! 交代しながらね!」
「――へ? あ、うん。わかった」
なぜかそういうことになった。
ひとりで歌うよりは緊張しないし、結果オーライか。
熱海を見てみると、肩をすくめて呆れたような表情をしていた。
「あんたたちって本当、呆れるぐらい好みがすごく似てるわよね。食べ物といい音楽といい」
「みたいなだなぁ」
黒川さんが男だったらすごく仲良くなれそうな気がする。
恋愛対象という意味では、好みが似ていることが良いのか悪いのかは知らないけど。いやそもそも、恋愛対象として見るには俺に黒川さんは高嶺の花すぎるか。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
カラオケを出て、黒川さんをバス停まで送ってから、熱海と俺は二人になった。
時刻はまだ夜の七時半。
黒川さんの門限は夜の九時らしいけど、今日は俺の母親も熱海のお姉さんも仕事がないため、家族で食事をとるためにこの時間に解散したというわけだ。
ちなみにカラオケに関して。
黒川さんは元気いっぱいといった感じで、聞く人を楽しませるような歌声だった。
熱海にはバラードが似合い、黒川さんにはポップな曲が似合いそうな感じ。
そして俺の歌に対する二人の感想は『力強くて良いね!』と『上手いと思うわよ?』だった。可もなく不可もなくといった感じだったのだろう。
「熱海さ、途中から『黒川さんと仲良く』とかそういうこと、忘れてただろ?」
帰り道を歩きながら、問いかける。すると、彼女はビクッと身体を震わせてからゆっくりと俺を見上げた。
「……やっぱりバレてた?」
「安心しろ。俺もカラオケ久々だったし、緊張してそんなこと考えている余裕なかったから」
「可愛い女の子に囲まれて上手く喋れずに悩んでいたわけね」
「はいはい、そうですよ」
何を言ってもからかわれそうだったので、肩をすくめて話に乗っておいた。
拗ねないでよ~と俺の背中をつついてくる熱海を無視していると、スマホが震えた。
信号で立ち止まったタイミングで、胸ポケットから取り出して画面を確認。
………………冗談だよな?
「どうしたの? なんか顔引きつってない?」
信号が青になっても歩き始めない俺の顔を覗き込み、熱海が首を傾げる。
俺は無言で、スマホの画面を熱海に向けた。
「なに? これ見ろってこと? ――うそぉ」
差出人は、うちの母親だった。
『今日は熱海家と有馬家で一緒に晩御飯を食べることになったから、道夏ちゃんにも伝えておいてね~』
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