第15話 あたし、思いついたの
「あたし、思いついたの」
「またそれか」
翌日朝。マンションのエレベーターに乗ったところで、熱海がそう切り出してきた。
嫌な予感とほんのわずかな期待を感じつつ、「今度は何を思いついたんだ」と問いかけてみる。
ちなみに、昨日熱海は十時十五分に帰宅した。
『あの御方以外の身体は視界に入れたくない』と言っていた熱海だが、俺がシャワー後に脱衣室で悪戦苦闘しながら身体を拭いていると、『あんたもしかして背中拭けないんじゃない?』と扉の外から声を掛けてきて、結局彼女に拭いてもらった。
運命の人以外の背中を見せてしまい申し訳ない気持ちになっていたが、熱海は『あんたが骨折した責任はあたしにもあるから』といらぬ罪悪感を抱いていたらしい。
これは自己責任――そう何度も言ったのだけど、結局頭まで乾かしてもらってしまった。
というわけで、今日はいつもより熱海に反発しないようにしているわけだ。
「こないだのファミレスでは、やっぱりテーブルを挟んでいたから距離があったじゃない?」
「じゃあ今度は隣同士で座れとか言うんじゃないだろうな? それはいくらなんでもあからさま過ぎると思うぞ」
俺がそう言うと、彼女は一本だけ立てた人差し指を左右に振り、ちっちと舌を鳴らす。
「あたしもバカじゃないわ。それだと不自然になるのは分かってる――だから、カラオケよ!」
どーん! という効果音が背後に見えた。俺の胸を人差し指で突き刺すな。
「……なぜそうなった?」
「ほら、カラオケってだいたいソファーがコの字型になってるでしょ? 男女で別れて座ったとしても、中央では必ず男女が隣合わせになるわ! そこでさらに親交を深めなさい!」
どうよあたしの素晴らしいアイデアは! そんなことを言いたげなドヤ顔で、つつましやかな胸を張って熱海が言う。
たしかに、それだと隣に座っても不自然じゃないか。
それが仲良くなるきっかけになるかどうかは俺にはわからないけども。
マンションのエントランスを出て、俺は車道側を陣取って駅に向かう。
「そもそもさ、こんなこと画策して黒川さん怒ったりしないわけ? 万が一バレたらどうすんだ」
俺たちが口を滑らせない限りそんなことにはならないだろうけど、いちおう。
「それは大丈夫だと思うわよ? 陽菜乃に好きな人がいたりとか、男嫌いとか、有馬のことを嫌いって言うならもちろんこんなことしないけど」
「そっか」
嫌がられていないなら……セーフなのだろうか。
黒川さんを密かに狙っている男子たちには、嫌がられそうだけども。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「どうしてこんなことに……?」
カラオケボックスの一室で、俺はひとり頭を抱えていた。
モニターには数人のアイドルが踊っていて、その影響で部屋の中がチカチカと照らされる。
黒川さんをカラオケに誘ったところまでは良かった。
彼女はノリノリで、『新曲仕入れたんだぁ』とリズムに乗せて頭を振って実に楽しそうにしていた。しかし、問題は蓮と由布の都合がつかなかったのである。
そしてさらに、熱海の手にはカラオケの割引券――期限は今日まで。
しかも普段貰えるような20パーセントオフのクーポンではなく、50パーセントオフの代物。昨日、財布の整理をしているときに偶然見つけてしまったそうだ。
熱海はこれを発見して、カラオケに行くという案を思いついたらしい。
美少女二人と冴えない男一名という構図は他者から反感を買いそうではあるし、不安や緊張もあるけれど、思春期男子としては嬉しい気持ちのほうがわずかに大きいんだよな。
これは役得として、楽しむべきか。
「おまたせ~、可愛い女の子に囲まれて上手く喋れずに悩んでいる有馬」
やがて、ドリンク二つを手に持った熱海がニヤニヤしつつ、いつか聞いたようなセリフを口にしながら部屋に入ってきた。その後ろから、黒川さんも扉を締めながら入室。こちらは苦笑していた。
というか本当に良く覚えているな熱海。その記憶力をなぜ運命の人の顔を覚えるということに活かせなかったのか。
「自分で可愛いとか言うもんじゃないぞ」
「わたしはともかく、道夏ちゃんは可愛いよ~」
「逆でしょ、あたしはともかく陽菜乃は可愛いじゃん」
キャイキャイと子猫と子犬がじゃれ合うように、お互いを褒めあう二人。
二人ともすごく可愛いよ――なんてキザなセリフを吐くことができない俺は、肩を縮めつつ熱海が持ってきてくれたメロンソーダをストローで吸った。
「飲み物ありがとな」
「どういたしまして」
テーブルを回り込んで俺の左隣に座った熱海が、ぼそりと呟くように言う。
というかお前こっちに座るのかよ。てっきり黒川さんを挟むように三人で座るのかと思っていたら、いつの間にか俺が中央に座ることになっていた。
「あれ? 道夏ちゃんそっち?」
俺の右隣のソファに腰かけつつ、キョトンとした表情で黒川さんが聞いてくる。熱海のやつ、いくらなんでも行動が露骨すぎたんじゃないのか。
「うん。可愛い女の子に囲まれて上手く喋れずに悩んでいる有馬を楽しもうかと思って」
おい。定型文みたいに使うんじゃない。
「あははっ! あたしで緊張するのかわからないけど、ハーレムだね有馬くん! もしかしてチート持ちの転生者だったりするのかな?」
「んなわけないだろ!?」
俺のツッコみに、女子二人はケタケタと笑う。
恋愛の好意とかわからないけれど、この二人に格好悪い姿を見せたくはないなと思った。
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