第14話 馴染む熱海



 同日、帰宅後。

 なぜか再びトレーにご飯を乗せてやって来た熱海。今日は食事以外にも、荷物を持ってきていた。しかもまだ夜の七時だというのに、彼女はすでに風呂を済ませているようで、中学の体操服らしき服、そしてヘアバンド装着という姿だった。


「百歩譲って晩御飯を持ってきたことは理解できる。だがこれはどういうつもりだ?」


 ダイニングテーブルを挟んで椅子に座っている熱海に、俺は問いかける。

 食器洗いと洗濯物畳んであげると言って我が家に上がり込んできた彼女は、俺の質問に対し『なにか文句ある』とでも言いたげな視線を向けてきた。そして、口を開く。


「見てわかんないの?」


 わかる。本だ。より詳しく言うと漫画だ。さらに詳細を伝えるならば少女漫画だ。

 それが五冊ほどテーブルの上に積み上げられている。


「俺が聞きたいのはなぜ俺の家に漫画を持ちこんでいるのかってことなんだが」


「ここで本を読むためだけど?」


「自分の家で読めばいいのでは?」


 今日は特に『いい方法を思いついた!』とか言い出さないだけマシだけど、だとすれば俺の家に来る必要はないのではないかと思う。ご飯を食べるのは、食器洗い云々のことがあるか何も言えないが。

 本当はそれ自体、熱海が気を遣う必要のないことなのに。


「ほら、最近なにかと物騒な世の中じゃない? 部屋に一人でいると小さな物音とか聞こえてきたらビクッとしちゃうのよね。いちいちそれで漫画の世界から現実に戻されるの嫌だし」


「音楽とかかけてたらいいんじゃないか?」


「そしたら侵入者とかに気付けないじゃない」


 寂しがり屋か怖がりか……そのどちらかなのかもしくは両方なのかは知らないが、いづれかは当てはまっていると思う。


「うーむ……」


 先日姉の千秋さんも『一人だと心配』みたいなことを言っていたと熱海から聞いたし、まぁいいか。別にコイツがいて助かることはあっても困ることはないから。


「学校のやつとかに見られたら勘違いされるかもしれないぞ?」


「ここ七階だし、廊下の壁高いから平気でしょ? それともなに? このマンションにうちの学校の人が他にいるの?」


「俺は見たことない」


「じゃあ問題ないじゃない」


 そう言って、熱海はひょいと餃子を口に運ぶ。もぐもぐと咀嚼しながら俺に目を向けて、飲み込んだところで、ジト目を向けながら再度口を開いた。


「有馬も家で漫画読んだりするんでしょ? この前は嘘ついてたみたいだけど」


「よく覚えてんなそんな細かいこと……」


 たしか熱海が『黒の悪魔が!』とか言って我が家に突撃してきたときに、言い訳として『漫画を読んでいる途中』と言った時のことだろう。結局、彼女がうちにやってきたために洗濯物を畳んでいたことがバレたわけだが。


「記憶力はいいほうなのよね、あたし」


「運命の人の顔は覚えてないのにな」


「うっさい! ビビッとくるはずだから別に覚えてなくても大丈夫よ!」


 自らの運命の人センサーに対する信頼度がすごいなコイツ。何の根拠もないだろうに。

 まぁいいや。俺も一人での食事はあまり好きではなかったし、なんだかんだ熱海と話しながら食べる夕食は好きだから。

 本人にそう言ったら間違いなく『あたしには運命の人がいるから惚れないでよ?』みたいに煽られそうなので、言うつもりはないが。




 夕食を終えたのち、俺は掃除、熱海は食器の片づけや洗濯物を畳んだりした。

 さすがに女子が部屋にいる状況でお風呂に入ってくる勇気はなかったので、熱海が帰ったあとに入ることにした。


 そんなわけで、漫画タイムである。

 いつもならば自室かリビングのソファーに寝転がって見るのだけど、熱海がソファーの端に座って読書を始めたので、俺はその隣に腰かけることにした。


「ねぇ、あたしって可愛い?」


 読み始めて一時間が経過したころ、熱海が漫画をパタリと閉じて唐突にそんなことを聞いてきた。


「……唐突だな。口裂け女の真似か?」


 素直に褒めるような度胸はないので、適当に冗談で誤魔化すことに。


「違うわよ! あんたって本当にデリカシーがないわよねぇ。男子から見て、あたしは可愛いかって聞いてるの!」


「へいへい、どうせ俺はデリカシーのない男ですよ。ま、熱海は結構男子に告白されたりしてるんだろ? それは、お前が男子から見て魅力的だからってことじゃないのか?」


 明確に言葉にはせずに、自分の意見ではなく大衆の意見として、熱海が可愛いということを伝えてみる。


「あの人も、可愛いって思ってくれると思う?」


 あの人――つまり、熱海を助けた運命の人のことだな。

 それはさすがに断定はできないだろ。


「その人の好み次第じゃないかなぁ。でも、さっき言った通り熱海はモテるんだし、確率的には『可愛い』と思ってくれる可能性のほうが高いんじゃないか?」


「へへ、そう思う? そっかそっかー」


 熱海は俺の回答に満足したのか、ニヤニヤしながら次の漫画に手を伸ばした。

 もう九時になりそうなんだが、そろそろ帰ってくれないと風呂に入りたくても入れない。お風呂といっても、シャワーを浴びるだけだけど。


「なぁ、熱海はいつまでいるつもりなんだ? 俺はまだ風呂にも入ってないんだから、そろそろ帰ってもらわないと寝る準備ができないんだけど」


 ソファーから立ち上がりながらそう言うと、彼女は俺が身に着けている制服に目を向けて「あぁ」と呟く。


「そういえば有馬、まだ制服ね。お風呂入って来たらいいじゃない。あたし、ここで漫画読んでるから――あ、でも、バスタオル一枚とかで出て来たら警察呼ぶからね。あの御方以外の身体はなるべく視界にいれなくないの」


「俺の家なのに!? いやそんなことしないけどさ」


「じゃあ問題ないじゃない。いってらっしゃい~」


 そう言って、彼女はひらひらと手を振ったあと、広々と使えるようになったソファーに身体を倒し、くつろいだ雰囲気で漫画を読み始める。馴染みすぎだろコイツ。




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