第13話 お弁当



 二限目の授業が終わって、休み時間。黒川さんはトイレに行っているらしく、教室にはいない。蓮も後ろの席の男子と談笑中のようだ。

 熱海が後ろを振り返り、こちらに顔を寄せてコソコソと喋りかけてきた。たぶんというかほぼ確実に、黒川さん関連の話だろう。


「あたし、考えたの」


「また余計なことを考えたんだろうなぁ」


「いいから黙って聞きなさい」


「へいへい」


 俺がもしこいつと恋人関係になったりしたら、尻に敷かれそうだなぁという妄想を一瞬だけした。


「この前のファミレスで、ちょっと陽菜乃との距離が縮まった感じするでしょ?」


「んー、そう……なのかな?」


「そうよ。つまり、食事時は会話が弾みやすい――というわけで、今日からあたしたちも有馬たちと昼ご飯を食べることにするわ」


 あー、なるほどね。そういう感じか。

 もっと奇抜な提案をされるかと思ったけど、熱海の口から出てきた案は思ったよりもまともなものだった。


 男子からの多少の嫉妬は覚悟するけど、こちらにはイケメンの蓮がいるし、そして俺には自分の席で飯を食うという大義名分が用意されている。前が熱海で隣が黒川さん。蓮だけ近くに移動してもらうような感じだ。


「それはいいけど、女子のグループはいいのか? 昨日大人数で食べてただろ?」


「多少打ち解けはしたけど、そういうグループってなんかドロドロしてそうで嫌だし。昨日も何度か城崎関連の話を聞かれたのはちょっと面倒だったかも。あ、ちなみにあんたの名前は一度も出なかったから安心しなさい」


「その情報は別にいらなかったんだけど」


 まぁ俺と蓮が歩いていたら、視線は当然蓮に向くよな。わかっていることだけど、事実として聞くと悲しい。こいつは俺をいじめたいのだろうか。


「あ、でも陽菜乃とは有馬の話をよくしてるわよ。昨日の夜もチャットでちょっとだけ話したわ」


「へぇ? どんな話を?」


 しょうもないことなんだろうなと思いつつも、ちょっとドキドキしてしまう。

 もしかしたら、実は陰で熱海は俺のことを褒めちぎっていたりするのかもとか。


「有馬の黒い靴下、そろそろ踵が破れそうだなとか」


「何の話をしてんだよお前! 俺のプライバシー保護してくれよ!」


 予想以上にしょうもない内容だった。

 いや靴下がそろそろ寿命なことは俺も知ってたよ? だけどさ、破れてないならまだ履けるじゃん? 破れてないのに捨てるとか、もったいないだろ。

 というか熱海、俺の家に来ていることを隠してるんじゃなかったのか? 王子様に勘違いされたら嫌だとか言ってた気がするんだが……まぁたぶん、黒川さんに口止めしているのだろうけど。


「ごめんごめん、有馬ならこれぐらい許してくれそうだなと思って。怒った?」


 首を少しだけ傾げながら、熱海が聞いてくる。

 ……こういうとき、容姿が良いってのは得だよなぁ。そう考えてしまう俺は性格が悪いのかもしれない。


「怒ってないけど、これ以上変な情報を漏らさないでくれよ?」


 俺の葛藤を知りもしない熱海は、「はーい」と呑気に気の抜けた返事をする。

 デコピンでもしてやろうかと思ったけど、なんだか恥ずかしくなって結局やめた。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「私っ! 参上っ!」


 昼休みに入ってすぐ、由布がクラスにやってきた。

 どうやらこのクラスにも由布の知り合いはいるらしく、教室に入るなり何人かの女子と話をしていた。


「じゃあ私ここゲットーっ! 誰も使わないかな?」


「昨日は昼休み終わるまで空席だったと思うよ」


 俺と熱海、そして黒川さんは自分の席。蓮は俺の後ろの席で、その隣に由布が座るといった配置になった。由布は蓮の分の弁当も作ってきたらしく、「はいどうぞ」と蓮に手渡していた。


「わー! 愛妻弁当だ! 由布さんってお料理上手なの?」


「蓮に美味しいって言ってもらいたくて勉強したからね! そこそこ自信はあるかな」


 黒川さんの問いに、由布は照れくさそうにしながらも、胸を張って言う。

 彼氏のほうをチラ見してみると、案の定顔を赤くしていた。そして「嬉しさと恥ずかしさだよ」と言い訳するように呟く。


「やっぱり男子って、こういうお弁当とか嬉しいの?」


 黒川さんが瞳をキラキラとさせて、俺と蓮に目を向ける。

 蓮は「もちろん嬉しいよ」と即座に答えたので、四人の視線がこちらに向いた。

 俺の場合、経験がないから蓮のようにすぐにスパッと答えられないんだよなぁ。


「やっぱり、好きな人が自分のために――ってところが嬉しいんじゃないか? 由布は作る時どういう気分なの?」


 少々気恥ずかしかったので、俺は即座に話を由布に振った。

 恋愛のれの字も知らない俺が語ってもなんの参考にもなりそうにないし。


「楽しいよ! 蓮はこれ好きだよね~とか、栄養バランスも考えてあげよ~とか、これ一口で食べられるかな? とか色々考えながら作ってるよ! 単純に、私がこういう作業が好きってのもあると思うけどね」


 この話を聞くと初々しいように聞こえるが、こいつらは付き合ってすでに三年が経過しているのである。弁当は高校に入ってからだけど、それでもすごいと思ってしまう。

 由布の話に、黒川さんは「ほわ~」とよくわからない声を出しており、熱海は「いいなぁ」と羨ましそうにしていた。運命の人にお弁当を作りたいとか思っていそうだ。


「ヒナノンとみっちゃんは? お母さんが作ってる感じ?」


「私はお母さんが作ってくれてるよ~」


「あたしは自分で作ってる――っていっても冷食と昨日の晩御飯の残りがほとんどだけどね」


 どうやら黒川さんは母親が、そして熱海は自分で弁当を用意しているようだ。内容を見てみると、たしかに昨日うちで食べていた肉じゃがが弁当に入っている。昨日も思ったけど、美味そう。


「なに? あたしの弁当になにか文句でもあるのかしら?」


 パンをもそもそと食べながら熱海の弁当を眺めていると、ツンとした口調で言われた。

 そういうつもりは全くない。ただ、最近は箸を使わないで済む食べ物ばかりだから、少し羨ましくなっただけだ。


「あー、アリマンはいま箸が使えないもんね。家では何を食べてるの?」


 俺の沈黙を正しく理解したらしく、由布がそう質問してきた。

 美味しそうだなぁというと熱海にたかっているようだし、思っていることを口にできなかったのだ。


「昨日はチャーハン。その前は……なんだっけ?」


「……カレーでしょ」


「あぁ、カレーだわ」


 俺の代わりに晩御飯を記憶していたらしい熱海が、俺にだけ聞こえるような声量でボソッと教えてくれた。食器を洗ったときに気付いたのだろう。あとは部屋の匂いとかで。


「スプーンとフォークがあればだいたいの物は食べられるからな。慣れないけど、食べられないほど困ってはないぞ」


「そっかー。でもやっぱり骨折って大変だね」


 それはそう。小学生の頃に左手首を骨折したことがあったけど、あの時は利き手が使えたからそこまで不便はなかったんだよな。

 やっぱり、右手が封じられているのは不便だ。


「優介、はいあーんとかしてあげようか?」


「由布が嫉妬しそうだから止めとくわ」


 親友のニヤニヤした提案を、俺もニヤニヤしながら蹴ってやった。

 案の定、由布は蓮に「私にしてよー!」と要求。墓穴を掘ったな、馬鹿め。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る