第12話 ポテト盗み食い女



「私っ! ふっかつっ!!」


 翌日、熱海と一緒に駅に向かうと、そこには黒川さんと蓮の他、見慣れた明るい茶髪の女子がいた。相変わらずテンション高いなぁ……由布ゆふ。バンザイせんでよろしい。


「ってかマジで折れてるじゃんアリマン! 大丈夫なの!?」


「痛みはあまりない。だけどとにかくギプスの中がかゆい」


「そりゃ大変だ」


 眉をハノ字にして、口角を下げて由布が言う。由布は黒川さんと一緒で、表情がわかりやすい。違いがあるとすれば、由布のコレは意識的って感じかな。癖なんだろうけど。


「もう体調はいいのか?」


「もっちもち(もちろんの意)! っていうか私は昨日の時点で元気だったんだけど、ほらインフルエンザって隔離期間みたいなのあるじゃん? それで学校行けなかったってわけよ」


 こまったもんだよねー、と由布は腕組みをして唸る。蓮も恋人がいて嬉しいのか、仕方ないなぁって感じで笑っていた。

 まぁなんにせよ、いつも通りの姿が見られて安心した。


「ヒナノンとはもう挨拶したけど、そっちが噂のみっちゃん?」


「み、みっちゃん? それってあたしのこと?」


 由布が唐突に付けたあだ名に戸惑う熱海。俺も初対面で『アリマン』というあだ名を付けられたから、気持ちはわかるぞ。

 距離感の詰め方が少々特殊ではあるけど、根は真面目だし、親しい相手が道を誤ったときは『それは違う』とはっきり指摘するようないい奴なのだ。普段はあまりそんな雰囲気を感じないけども。

 熱海と由布が自己紹介をしているのを見ながら、俺は蓮の元へ。


「由布には事故の経緯を説明してるんだよな? 口止めも大丈夫か?」


「その辺りもきちんと説明してるよ。ちなみに、熱海さんと家が隣だったこととかも説明しちゃったけど、いいよね? どうせすぐバレるだろうし」


「クラスの奴に言いふらしたりしなければな」


 熱海も黒川さんと同じく有名らしいし、そんな女子と部屋が隣だなんて知られたら、余計なやっかみを受けそうだし。昨日も俺の家に来ていたことは黙っておくことにしよう。


「あー、私もみんなと同じクラスが良かったなぁ~……ねぇ蓮、昼休みそっちのクラスでご飯食べていい?」


「それはいいけど、クラスで孤立とかしないようにしなよ?」


「一年の頃の友達がいっぱいいるからだいじょーぶっ!」


 ビシッとピースを蓮に向けて由布が笑う。まぁ由布のことだし、上手くやるだろう。


「最近浮気の疑いのある旦那の監視もしないといけないからね」


 蓮のお腹に人差し指をぐりぐりと押し付けながら由布が言った。蓮がそういうことをしないとわかっているからこその冗談だろう。万が一蓮がそんなことをしたら、俺が止めるのもわかっているだろうし。




「聞いたよアリマン、正体不明のヒーローやってるって。しかも手首を骨折までして」


 駅を出て学校へ向かって歩いていると、由布が俺を集団から引きはがして話しかけてきた。数メートル先に蓮と熱海と黒川さんがいるのだけど、熱海は一度こちらを振り返ったが、首を傾げてまた正面を向いた。何をしてるのか気になったんだろうな。


「正体不明なんじゃなくて、変わり身の術を使っただけだよ」


「あははっ、たしかにそんな感じだ」


 ケタケタと笑った由布は「でもさ」と切り出してくる。


「アリマンは蓮には負けるけど、かっこいいほうだと思うよ? ヒナノン、嫌がったりしないと思うけどな。あの子、ちょっと天然っぽいけど性格良さそうな感じがしたし」


「……まさか由布まで『きちんと伝えろ』とか言い出すんじゃないだろうな」


 勘弁してくれよと思いつつジト目を向けると、彼女はブンブンと顔を横に振った。


「いんや。それはアリマンが選んでいいじゃない? 助けた人の特権ってことでさ。でも、怖がる必要はないんだよ~って言いたかっただけ」


 なんとなく、由布ならそんな感じのことを言ってくれると思っていた。

 怖がっているというところも、実に情けないが否定できない――さりげなく俺に克服することを促しているんだろうなぁコイツ。一歩間違えれば険悪になりそうでも、由布は進んで悪役をやってしまうような奴だ。


 俺たちの中で――いやおそらくこの学校で一番、彼女は友人を大切にする人間だと俺は思っている。


「ところでみっちゃんとヒナノン、アリマン的にはどっちがタイプなのさ。二人ともめちゃくちゃ美少女だよねぇ! しかも二人ともフリー! これは恋の予感がしますねぇ! 春だし! 私の見立てでは、見た目的にはヒナノン、性格的にはみっちゃんがタイプと見た!」


「ちょ、おまっ、声を小さくしろ! 冗談でも聞かれたら勘違いされるだろ!」


「あっはっは!」


 大声で笑う由布。前方の三人はというと、キョトンとした表情でこちらを振り返っていた。


「なになに? ふたりとも何の話をしてたの?」


 立ち止まった黒川さんが、興味津々といった様子で聞いてくる。

 適当に誤魔化しておこうと口を開きかけたところで、俺よりも先に由布が声を出した。


「えっとねー、アリマンがねー、可愛い女の子に囲まれて緊張して上手く喋れないって悩んでたから、話を聞いてたの」


「そんなことひとことも言ってねぇけど!?」


 由布が戻ってくると、なんだか普段通りって感じがしてきたな。喜ばしいことなのかは微妙なラインだけども。

 黒川さんは「えぇ!?」と一瞬びっくりしていたようだが、俺のツッコみと蓮からの説明により、由布の冗談だと気付いてくれた模様。

 そしてもう一人はというと、


「へー、有馬はあたしのこと可愛いって言ってたんだー? 緊張して上手く喋れなかったんだー? でもごめんなさい、あたしには大大大好きな人がいるから」


「うるせぇポテト盗み食い女」


「はぁ!? まだあのこと根に持ってるのあんた!? いくらなんでもケチすぎない!?」


 もしかしたら熱海とのこの言い合いも日常になってしまうのだろうかと、そんなことを考えながら俺はため息を吐くのだった。





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