第11話 熱海、襲来2
ファミレスでの食事は新鮮だった。
俺は普段から人と極力深い仲にならないように行動しているため、こういった場所に訪れるのは蓮と由布の三人で来るときぐらいなのだ。
熱海というしつこいぐらいに関わってくる女子のおかげというかなんというか――とにかく俺をじめじめした暗い場所から無理やり引っ張り出された気がする。
もちろん、こういう経験が完全なゼロというわけじゃないけど、一回きりってことは良くあることだった。
「本当、有馬と陽菜乃って相性いいわよねぇ。なんだか複雑な気分になってきたわ」
ファミレスからの帰り道。時刻は夜の七時過ぎだ。
二人で並んでマンションに向かっていると、熱海が言葉通り複雑そうに眉を寄せて言ってきた。自分の親友が男に獲られるのが嫌なのか。
でもなぁ、俺と黒川さんはさすがにレベルが違い過ぎると思うから、熱海にそう言われてもあまり現実感がない。そもそも、『好き』がどういう感情なのか、自分の中ではっきりしてないし。友人としては、好ましいと思うけども。
「食べ物の好みはたしかに似ていたな」
初手梅昆布茶にはじまり、俺が特に言及しなかったとり天定食に関しても、蓮が「優介が良く頼んでるよね」と情報を漏らし、ポテトも備え付けのケチャップやマヨネーズを使わず塩だけ。全ての好みが黒川さんと一致していた。
「あたしも好きな人と一緒だったらいいなぁ」
「マヨネーズとケチャップをべちゃべちゃとつける人が熱海の運命の人ってことか」
俺がそう言うと、熱海は俺の左脇をドスッ「ふぐっ」と殴ってから俺を睨む。
「もうちょっと綺麗な言い方できないのあんた?」
「人のポテトを勝手に食べたからその仕返しだ」
「一本ぐらいでケチな男ね~」
「熱海さ、俺が見てないところでポテト五本以上食ってただろ。俺が蓮と話しているときとかにこっそり食ってたの気付いてたぞ?」
ジト目を向けると、熱海は「げっ」と女の子らしからぬ声を漏らしてからそっぽを向く。もともと量が多かったから、実は助かっていたのだけど。敢えて黙っておこう。
「そ、そんなことより、次の作戦を考えるわよ!」
「逃げたな」
「たしかに今日の食事で距離は縮まったけど、ボディタッチって雰囲気じゃなかったわ!」
「わお、びっくりするぐらいのスルーだ」
「うっさい! と、ともかく、今度は違う方法を考えましょう! 有馬も何かいい案があれば教えてよね」
えぇ……なんで俺に協力させようとしてんだコイツ。
俺はそもそも別に黒川さんに伝えなくていいと思っているから、無理に彼女と親しくなる必要はないと思ってるんだぞ?
クラスの男子にこんなこと話したら、黒川さんを可愛いと思っているクラスの男子にぶん殴られそうな気がするけど。
黒川さんと親しくなることに関して否があるわけじゃないけどさぁ。
「あとから『実は俺が助けてたんだよね』とか言うのって、すごく恩着せがましくないか? しかも腕はこんな状態だし。やっぱりわざわざ俺が助けたなんて言う必要はないんじゃ――」
左手でギプスをべしべしと叩きながら言う。振動でちょっと痛かった。
黒川さんに伝えることが現実に起こってしまいそうな気がしてきて、つい弱音が口から零れてしまった。
「そういうこと言い出しそうな気がしたから、録音しときたかったのよ。有馬が言わなかったらあたしが陽菜乃に言うから」
「それ、ずるくない?」
禁じ手じゃん。俺には防ぎようがないんだが。
「有馬の発言はしっかり覚えてるわよ。あたしから陽菜乃に指示とかしないんだから、あんたもちゃんと約束守りなさいよ。あんたが約束を守るなら、あたしも黙ってるから」
うぐ……そう言われたら、従うしかないんだよな。
どちらかというと、俺が隠し事を強要している立場だしなぁ。しかも、俺の都合で。
そんな風に話していると、いつの間にか自宅前にまでやってきていた。
話しながらだったからか、ファミレスから家までの距離がとても短かったように思える。
「じゃ、また明日な」
熱海は未だに何かを話したそうにしていたが、タイムオーバーである。熱海と話すのは苦ではなくなっているけど、家の前でずっと立ち話するほどお互い暇ではないのだ。お互い家事があるし。
「……またね」
俺の挨拶に対し、熱海はコクリと頷いてそう言った。
何か企んでいそうな表情だったが……もしかしたら俺と黒川さんを近づける別の案が頭に浮かんでいるのかもしれないなぁ。
俺の予想は外れた。
取り込んだ洗濯物を畳んでいると、チャットに通知有り。差出人は『熱海道夏』。
本文はというと『玄関あけて』である。
言われた通りに玄関を開けてみると、そこにはブレザーの上着を脱ぎ、カッターシャツとスカート姿になった熱海がいた。
「……どういうおつもりですか?」
なぜか、トレーにご飯とみそ汁、それから肉じゃがとサラダを乗せて。
「有馬の家で食べたら食器を洗う手間が一度で済むし、食事しながら作戦も立てられるじゃない? それに、どうせあんた洗濯物畳めてないんでしょ?」
そう言いながら、彼女はひょいっと頭を横に倒して、俺の背後に目を向けてから「ほらね」と呟いた。
リビングに繋がるドアを開けたままにしていたので、おそらく彼女の眼には、ハンガーに掛かったままの洗濯物が写ったはずだ。
「さすがに連日となると申し訳ないんだが……というかさ、もうちょっと男子の家に対する抵抗とかないのか?」
俺はゴキブリ退治のとき、僅か数分のこととはいえかなり緊張したんですけど。
「まぁ有馬の部屋に入るわけじゃないし、リビングだけならセーフじゃない?」
「そういうもんかねぇ……」
警戒心とかないのかよ、俺が変な男だったらどうするつもりだ。
「もし有馬に襲われたりしたら、あたしの見る目がなかったと反省して、警察に通報してからあんたが社会復帰できないようにするわ」
そう言ってから「ふっ」と鼻で笑った熱海は一転、情けない表情で「腕が疲れてきた」と言う。ずっと食事の乗ったトレーを持ったままだもんな。
「ある程度は信用されていると思っておくよ」
「うん、だから早く中に入れて」
「へいへい」
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