第10話 ファミレスにて
朝、蓮と黒川さんの二人と合流して、マンションで隣の部屋だったことを話した。ゴキブリ云々のことは、熱海から「万が一運命の人の耳に入って勘違いされたら嫌だから」ということで内緒にしておくことに。
あくまでコイツの行動原理は運命の人基準らしい。
学校での授業は、頑張って左手でノートをとることを試みたが、無理だった。
完治したら蓮に写させてもらうことにしよう――そう思ったのだけど、なぜか蓮、黒川さん、熱海の三人が持ち回りで俺の分のノートを取ってくれることに。
三人とも『二倍勉強になるから』だとか『ノート取るの好きなんだよね』だとか『これぐらいの報酬もらっときなさい』だとか言ってくれて、非常に嬉しい気持ちになった。
一時はこのクラスで平和に暮らせるのかと不安に思ったけど、余計な心配だったらしい。
そして現在。
高校二年の体育の授業はバレーボールということで、体育館で男女半々に別れて練習を開始している。
みなが体操服姿のなか、俺だけ制服、そしてもちろん見学だ。実に暇である。
体育館の壁に背を預け、胡坐をかいて皆がトスやらレシーブをしているのを見守っていると、コロコロと俺に向かってボールが転がってきた。俺はそれを追って来た人物を視界に入れながら、足で受け止める。
「暇そうね」
「実際暇だからな」
ボールを追ってやって来たのは、熱海。
熱海とペアで練習をしていた黒川さんが、遠くからこちらに向かって手を振っていたので、俺も左手で手を振り返した。
「うわ、デレデレしてる。下心丸出しの表情だわ」
「俺は笑顔を浮かべたつもりなんですが?」
「まぁ気持ちはわかるわ。陽菜乃、胸がおっきいからね。女子のあたしでも、目の前で跳んだり跳ねたりしたら見ちゃうし。ボワンボワンって感じなのよ、あの子」
「いや誰も見てるとは言ってないが?」
というかその表現やめろ。おっさんぽいぞお前。
まぁ熱海と黒川さん、どちらの胸に視線を奪われるかと問われたら、迷うことなく『黒川さん』と答えてしまいそうだけど。
そんなことを思っていると、唐突に頭をわしづかみにされた。
「あんたいま、あたしとあの子、胸を、見比べなかったかしら?」
なぜバレた。コンマ数秒での出来事なのに。
「キ、キノセイデス――痛い痛い痛い痛いっ!? その手を離せ馬鹿力!」
「小さくて悪かったわね! でも、王子様が小さいほうが好きっていう可能性もあるから、あたしは、これっぽっちも、気にしてないわ! わかった!?」
めちゃくちゃ気にしてるじゃねぇか! 俺の頭を気軽に潰さないでほしいんですけど!?
結局、何も知らない黒川さんがトテトテとやってきてくれたおかげで、俺は魔の手から解放されたのだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
放課後。
駅近くにあるファミリーレストランに四人で行くことになった。
噂を聞きつけたクラスメイトもいたけど、すでにクラスの大半が『黒川陽菜乃が階段から落ちているところを城崎蓮が助けた』という情報を仕入れていたらしく、特に言及されることはなかった。一部の男子から、『俺も有馬の枠に収まりたかった』とは言われたが。
ファミレスに行くことに関して。
大義名分としては、同じクラスで気が合いそうな感じだから、もっと交流を深めたい――というものなのだけど、裏では『早く仲良くなれ』という熱海の思惑が潜んでいる。
「二人は普通にご飯を注文していいのか?」
「うん。事前に母親に連絡しておけば問題ないよ」
「私も城崎くんと同じ~」
ちなみに俺はポテトとドリンクバー。熱海はチーズケーキとドリンクバーを注文することに。熱海も俺と同じく、家に作り置きのご飯が用意されているらしい。自分で作る時もあるとのこと。
俺がドリンクバーを使うのが大変だろうということで、ソファー席の奥に。正面には熱海がいて、隣には蓮。斜め向かいに黒川さんがいるといった配置だ。
「優介は何が良い?」
タッチパネルで注文を完了させてすぐに、蓮が立ち上がりながら聞いてきた。
「梅昆布茶をよろしく」
初手は梅昆布茶。これは俺のドリンクバーの基本である。
女子たちの反応が気がかりだったけど、変に取り繕っても息苦しいなぁと思い、いつも通りの行動をする事にした。
すると、
「有馬くんも梅昆布茶なんだ! 私もドリンクバーではいっつも最初に梅昆布茶なんだぁ!」
どうやら俺の同志がいたらしく、黒川さんがニコニコ顔で発言した。自分で言うのも変だけど、初手梅昆布茶は珍しいな。
「道夏ちゃんは何にする? いつものオレンジジュースでいい?」
「うん、それでお願い。ありがと陽菜乃」
「たっぷり注いでくるねっ!」
そう言って、黒川さんは張り切った様子でドリンクバーへ向かって歩き出す。その後ろを、蓮も苦笑しながら付いていった。
二人が離れたところで、熱海がテーブルに身を乗り出して話しかけてくる。
「あんた、もしかして陽菜乃と相性いいんじゃない? 食後ならわかるけど、最初に梅昆布茶を持ってくるのは陽菜乃しか見たことないもの」
「俺も自分以外見たことなかったが……これは相性とかそういう問題か?」
たしかに好みはかぶっているような気がしなくもないし、黒川さんが注文した『とり天定食』は俺もよく注文するメニューだ。
俺が疑問符を浮かべているのを他所に、熱海は「これは良い傾向ね」と口の端を吊り上げている。なんだか熱海、この状況を楽しんでないか?
「もしかしたら、有馬が陽菜乃に『あの日キミを助けたのはオレでした』なんて言ったとき、ラブストーリーが始まるかも――いやでも、陽菜乃と有馬かぁ……」
「おい、助けたのが誰であろうと関係ないとかほざいてなかったか?」
有馬の顔じゃちょっと釣り合い取れてないよね? とか言い出したら怒るぞ。事実だとしても言っていいことと悪いことがあると俺は思います。
「感謝と恋は別物じゃん。それに、陽菜乃も有馬も恋愛に疎そうだし」
肩を竦めながら、やれやれと言った様子で熱海が言う。まぁそれはそうか。
しかし熱海も運命の人とやらに片思いを続けているというのだから、付き合ったりした経験は皆無だろうに。なにを偉そうに語ってんだ。
俺のジト目を正しく理解したらしい熱海は、「私はいいのよ」と逃げた。そして、再度口を開く。
「まぁちょっと猫背のところとか、人のことゴリラとか言うようなデリカシーのない奴だけど、性格としては及第点をあげるわ。容姿に関しては、陽菜乃本人も良く分かってなさそうなのよねぇ……聞いてもアニメキャラを例に出されるし、一貫性もないし」
なんか話題が変な方向に転がってないか? いつの間にか、俺と黒川さんが恋愛関係に発展するような話になってない?
「なに? 熱海は俺と黒川さんをくっつけたいの?」
「んー、そう言うわけじゃないけど、なんかロマンチックな気がしない? 自分を助けてくれた人と恋に落ちるってさ――そういうの漫画だとよくあるけどさ、現実では滅多にないじゃない」
あー……なるほどね。
熱海のやつ、俺と黒川さんのことを、自分と運命の人に重ねているのか。だから、恋愛云々の話がでてきたわけだ。
「女子って恋バナとか運命とか、そういうの好きだよなぁ」
こちらに戻ってくる二人に気付き、視線で熱海に合図を送りながら言う。
心配そうな視線で黒川さんを見る蓮、そしてたっぷりとそそがれたジュースを慎重に運ぶ黒川さんの姿を確認してから、熱海は「有馬はそういうの興味なさそうね」と笑った。
不覚にも――本当に不覚にも、また『可愛いなコイツ』と思ってしまった。
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