第17話 夕食会


 熱海と一緒に俺の家に入ると、そこには見慣れない靴が一足。

 どうやら、すでに千秋さんはうちにやってきているらしい。


「どうしてこんなことになったのかしら……」


「俺も知りたいよ」


 二人でそんなことを呟いてから、リビングへ向かう。扉を開けながら「ただいま」と口にすると、知った声と知らない声で「「おかえり」」と返された。

 ダイニングテーブルの上には、四人分のおかずや食器が並べられてあった。椅子は折り畳みの物を押し入れから引っ張り出してきたらしい。


「初めまして、有馬優介です」


 熱海のお姉さん――千秋さんがこちらに手を振っていたので、頭を下げて挨拶をした。

 母さんが姉妹であると気付いたことから似ているんだろうなとは思っていたが、たしかに似ているな。髪は茶髪だし、軽くパーマになっているから雰囲気は似ていないのだけど、目や鼻の形そっくりだ。


「あなたが優介くんね。初めまして、姉の千秋です。今日はお邪魔するわね」


「いえ、それは大丈夫なんですけど、なんで一緒に食べることになったんですか?」


 俺がそう問いかけると、千秋さんはニヤリと笑う。この顔、熱海そっくりだな。


「千秋さんが『息子さん見てみたいです! 今度お邪魔していいですか?』って聞いてきたから、せっかくならうちで食事でもって感じね」


 母さんがキッチンからトレーに乗せたコップを運びつつ教えてくれる。


「無理言ってすみませんでした店長!」


 そう言って勢いよく頭を下げる千秋さん。

 当然といえば当然だが、俺と母さんに対する雰囲気が全然違うなぁ。


「ちょ、ちょっとお姉ちゃん? なんで優美さんにお仕事させて自分は座って待ってるだけなの? お手伝いとかしないと――ねぇ有馬、なにか私にできる仕事ある?」


 熱海が俺の制服の裾を引っ張りながら、そんなことを聞いてくる。

 すると、俺が答えるよりも先に母さんが返事をした。


「いいのいいの。気持ちだけ受け取っておくわね道夏ちゃん」


「そうそう、熱海も座っとけよ。こっちは俺がやるから」


 そう言って、左手で熱海を席に座るように促していると、千秋さんがニヤニヤした顔つきでこちらを見ていることに気付いた。


「んー、なんだかいま名前を呼ばれた気がするわね。私も熱海だから、混乱しちゃうわぁ」


 するとその発言に便乗して、母さんまでもいやらしい笑みを浮かべはじめた。


「なんだか私も『有馬』って呼び捨てにされたような気がしてきたわねぇ」


 この二人は……!

 一緒に夕食を家で食べようとなるぐらいだから、良好な関係なんだろうなとは思っていたけど、こんなところで仲の良さを発揮しなくていいんだよ!


 ちらりと右下に顔を向けてみると、熱海も引きつった表情でこちらを見上げていた。顔を真っ赤にして照れていたりしたら可愛げがあったのに。

 もしかしたら、運命の人以外は名前で呼びたくないとかあるのかもしれないな。熱海、そういうこと気にしそうだし。だとしたら、ちょっと可哀想だ。


「母さんも千秋さんも、あまりからかわないでくださいよ。あまり名前で呼ぶことに慣れていない思春期なんで、勘弁してください。失礼にならないよう気を付けますから」


 思春期を理由にするのは恥ずかしいけど、こんなことで熱海が悲しむのも申し訳ない。

 どうせこの食事会?だって何度もするわけじゃないだろうし、今日さえ乗り越えれば問題ないはずだ。


「ちょ、ご、ごめんね優介くん! そんな真剣な空気になると思ってなくて――て、ててて店長!? どうしましょう!?」


「んー、これは判断ミスね!」


「やっぱりぃ!?」


 ワタワタと騒ぐ二人を見てほっと胸をなでおろしていると、またくいくいと制服の裾を引っ張られた。視線をそちらに向けると、眉をハノ字に曲げる熱海の姿。


「ありがとね」


「いいって。どうせ『王子様しか名前で呼びたくなーい』とかなんだろ?」


「そ、そうだけど……別に有馬のことが特別嫌いってわけじゃないのよ? ちゃんと、次にもし必要な時がきたら名前で呼ぶから」


「へいへい」


 彼女が俺の名前を呼んだとして、俺が『道夏』と呼べるかどうかはわからないが。

 だって、女子を名前で呼ぶとか、恥ずかしすぎるだろ。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 夕食の開始自体遅かったし、俺も熱海も風呂に入っていなかったから、一時間程度で解散することになった。熱海家が片付けをすると申し出てくれていたが、母さんは拒否。代わりに今度はそちらでごちそうになるわね――と、なにやら不穏な約束を取り付けていた。

 これには、俺も熱海も顔を引きつらせることになった。


「今日は疲れた……」


 自室のベッドで横になると、思ったことがそのまま口から出た。

 夕食中の会話は、お互いの学校での雰囲気の話とか、わりと当たり障りのないものだった。あとはお互いがお互いの家に行くことに関して、いつの間にか熱海の母親にまで話が伝わっていて、両家とも公認という話になっていたこととか。


『疲れたわ。でも、夕食は美味しかった』


 そんなチャットが熱海から届いたので、俺も寝転がったまま返信。

 部屋の電気も消して、いつでも寝れる状態でやり取りすることに。


『母さんに伝えとくよ。隠し事をしているわけじゃないけど、気疲れするよな』

『わかるー。あとはあたし、またお姉ちゃんが変なこと言い出さないかソワソワしちゃった』

『クビにされるかもって?』

『そうそう。でも、有馬のお母さんすごく大らかな人でちょっと安心した』

『そりゃよかった。千秋さんは親しみやすい人って感じだったな。俺としては気が楽だからありがたいよ』


 そう熱海に返信したところ、十数秒で送られてきていた返信が途絶えた。

 たぶん寝落ちしたんだうなぁ……俺も寝るとするか。

 と思っていたら、その数分後。再び熱海からチャットが届いた。


『明日も有馬の家で食べていい?』


 ふむ……これはあれか。四人で食事をした翌日だから、一人だと寂しくなってしまいそうだとかそういう感じか? そうだとしたら、口にするのは恥ずかしいけど、俺も同じ意見だな。


『いいよ。洗濯物とか食器は別にしなくてもいいんだからな?』

『それはする。じゃあまた明日、おやすみ有馬』

『へいへい。おやすみ熱海』



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