第6話 みんなで帰宅
「有馬くん城崎くん! 一緒に帰ろうよ!」
放課後――蓮と一緒に教室を出て、二人で平和な帰路を満喫しようかと考えていると、背中にそんな声が掛かった。黒川さんの声だと確信しつつ、恐る恐る俺は後ろを振り返る。
そこには案の定、熱海の姿もあった。
ニコニコ顔の黒川さんに対し、熱海は俺を細目で睨み『さっさと助けたこと陽菜乃に言え』という念を飛ばしてきている。『誰が言うかボケ』という念を送り返しておいた。
「そっか、ふたりとも降りる駅は僕たちと一緒だもんね。優介も良い?」
この状況で断れるわけないだろ……熱海だけならまだしも、なんの害もない黒川さんからの提案なんだから。俺は「もちろん大丈夫」と、思ってもいない返事をした。
――が、即座に熱海に左腕を掴まれ、黒川さんから少し離れたところに連れていかれる。
「あんたが『なんでこいつと帰らなきゃいけないんだ』みたいな表情をしたの、あたし見逃してないわよ?」
そして俺の大事な左腕をギリギリと握りしめながら、耳元に顔を寄せて言ってくる。
「お前、相手の表情を見て心まで読めるのか、すごいな」
「ふふん、そうでしょうそうでしょ――ってあんたがそれを認めてどうすんの!? あたしだってあんたみたいなウジウジナメクジ野郎と一緒になんていたくないわよ!」
「じゃあなんでお前黒川さんの行動止めなかったんだよ……『一緒に帰りたくない』とか言えば良かっただろ」
「う……それはそうだけど、陽菜乃が楽しそうに言ってきたから断りづらくて――というか、それを言うならあんたもさっき『一緒に帰りたくない』って言えば良かったのよ!」
いやそれは無理だって。あんなにニコニコで『一緒に帰ろうよ』なんて言われたら、断るのはベリーハードだわ。
がるがると唸り声をあげそうな雰囲気で見上げられているこの状況――客観的に見れば上目づかいで見られているような感じなのだろうけど、主観的に見れば捕食されそうな雰囲気だ。はやくおうちに帰りたい。
「道夏ちゃんと有馬くんって仲良しだよねぇ」
「なんだか僕にもそう見えてきたな」
二人の暢気な言葉に、俺たちは「「どこがっ!?」」と同時に返し、お互いに真似するなとののしりあったのだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
学校から駅まで徒歩十五分、そして電車で十五分移動して、地元の駅までやってきた。
その間に、蓮の彼女である
「じゃあ俺はここから歩きだから、また明日な」
蓮は駅からバスで移動だし、黒川さんたちが通っていた中学の場所からして、乗るバスは違うが彼女たちもバスを使うはず。
俺は高校入学のタイミングでアパートからマンションに引っ越したから、十分歩けば家に着く距離だ。部屋は広くなったし、駅も近くなったから実にありがたい。
「あっ! 道夏ちゃんもここからは歩きだよ! 二人ともまた明日ね!」
「あまり喧嘩はしないようにね二人とも。バイバイ」
そう言って、黒川さんと蓮は、俺と熱海を残してバスの乗り場に向かって行く。
なんでそんなことになるの? 俺と熱海を二人きりにしないでほしいんだが。
「なんであんたバスじゃないのよ。城崎と同じ中学なんでしょ?」
黒川さんと蓮に向かって呆然と手を振っていた熱海が、じろりとこちらに目を向けつつ言う。俺も全く同じセリフを名前だけ入れ替えて口にしたい気分だった。
「俺は高校入学のタイミングで引っ越したから――お前は……あぁ、そういえば黒川さんから聞いたな。駅近くに引っ越したって」
俺が話している間、熱海は難しそうな表情で俺のギプスの嵌められた右腕をジッと見て、何かを諦めたようにため息を吐く。
「しかたないから、少しぐらいなら遠回りしてあげるわ。陽菜乃を助けてくれたお礼――右手がそんな状態じゃ、こけたりしたら受け身取れないでしょ」
そう言うと、熱海は「あんたの家どっちなの?」と不満そうにしつつも聞いてくる。
いやいや、お前は俺のことが嫌いなんだろうが。わざわざそんな提案、しなきゃいいのに。
そう思っていると、熱海は俺の顔を見上げてから、下唇を少し突き出す。
「事実を誤魔化しているところは嫌い。だけど、あんたの行動は褒められるべきだし、これは『親友を助けてもらったあたしからのお礼』よ。陽菜乃からのお礼を受け取るのは少しだけなら待ってあげるから、これぐらい受け取っておきなさい」
「なるほど……? お前ってさ、本当よくわからん奴だな」
黒川さんに話すつもりはないのでそれに関しては黙秘しておくことにして、俺は思ったことをそのまま口にした。嫌いなやつなんてほっといてさっさと帰ればいいのに。
ギャーギャー鬱陶しいこと言って来たと思ったら、変なところで優しいし。
「あんたに言われたくないわ。というか、いいかげん『お前』って呼ぶの止めたら? 嫌がる子多いわよ?」
「お前が『あんた』って呼ぶの止めたらな」
「あんたが陽菜乃に自供したら名前で呼んであげるわ」
「じゃあ俺も、お前が『黒川さんに言え』って言わなくなったら名前で呼んでやろう」
バチバチと火花を散らしながらしばしにらみ合う。
が、お互い同時に時間の無駄だということに気付き、二人そろって肩を落とした。少なくとも俺は、いまする会話ではないと判断した。帰宅してからの自由な時間が減るし。
「俺の家はこっち方向、熱海はどっち? さっきはああ言ってくれたけど、方向が違うなら無理しなくていいぞ? お礼の気持ちだけ受け取っておくからさ」
熱海の優しさに免じて、俺は気持ち穏やかに声を掛ける。すると彼女は、一瞬顔を引きつらせてから、
「あたしもこっちだから遠回りじゃない……けど」
そんな風に答えた。
これは喜ぶべきか悲しむべきか……難しいところだ。たぶん、熱海も同じような心境なのだろう。近い分には助かるが、近すぎるのは勘弁してほしいって感じ。
信号の前までのそのそと二人で歩く。無言だ。とても気まずい。
ひとまず、適当な会話で場を和ませることにしよう。
「なぁ、お前が引っ越したマンションの名前って――「あれ? 優介?」――へ?」
自分の名を呼ぶ声。それは聞き覚えのありすぎる声だった。振り返ると、一番この場に現れて欲しくない人の姿が網膜に映る。
「マジかぁ……」
本当に、勘弁してくれよ――、
「きゃーっ! もしかして彼女!? 私、お邪魔だった!?」
「違うから。コイツは彼女とかじゃないから、落ち着いてくれ」
今日はいつも通り、夜の十時半ごろに帰宅するんじゃなかったのか、母さん。
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