練習Ep

 今日、新居に荷物を運び終えた。


 賃貸だったのが分譲に変わるから、この機会に一軒家にお引越し。お母さんもお父さんも、もちろん私もこれからの毎日が凄く楽しみ!


「燈花、お隣さんにご挨拶行くわよ」


「はーい!」


 工事前にお母さんたちは一回会ってるけど、私は初めてだからちょっと緊張するなー。


 たしか同年代の人が住んでいるんだっけ。同じ地域のなかだから多分中学は同じだよね。


 えー、どうしよう。七泉くんとか黛くんとか弥高くんとかだったら、一緒に駅まで登校するみたいなことも有り得るかもだし!


「ねぇ、お隣さんってなんて名前なの?」


「楽しみにしてるんじゃなかったの?表札見るまでドキドキしたいとか言ってなかった?」


「そだっけ。でもまあ、たしかにそっちの方がいいかも」


 期待を膨らませていざ外へ。


 お隣さんの表札はポストの上に掛けられててオシャレなんだよね。実は真似させてもらったってお母さんが言ってたの思い出した。


 さてさて、だーれだ?


「えっ」


 まずパッと出たのがその一言だった。


 だって有り得ないんだもん。まだ話したことなかったクラスメイトが良かった。ううん、実は一つ学年が違ってて全然知らない人の方が断然マシだった。


 なのに⋯⋯そんなこと⋯⋯。


「すみません美浜です。今日引越しの作業が終わったので、改めてご挨拶に来ました」


「はーい、すぐ行きますね」


 もう引き返せない。今ここで居なくなるのは不自然だし、失礼だから。


 お願い!偶然が起こって!家のなかに篠田あいつがいないで!


 ガチャ。


 でも、そんな自分勝手な願いが叶えられるはずもなかった。


「お待たせしました」


 出てきたのは母親で、その後ろ、開かれた玄関で立っているのは間違いない、篠田だ。


 あいつも私のことを探していたのかな。すぐ目が合っちゃった。


「これ、良かったら食べてくださいね」


「本当にいいんですか?大した迷惑なんて掛かっていないのに」


「いえいえ、工事の音うるさかったでしょう?私も専業主婦なので分かりますよ、お昼に雑音が入るのがどれだけストレスなのか」


 母さんたちはもう雰囲気が出来上がってる。良い人柄が柔らかい笑顔から伝わってくるのが辛い。


「そうだ、こっちが娘の燈花です。篠田さんの息子さんと同年代だって以前お話した」


「は、初めまして」


 意識が篠田あいつに残っていたから緊張してるみたいな感じになっちゃった。


「もっとフレンドリーで大丈夫よ。この辺子持ちの人が少ないから、おばさん、こんな可愛い子が来てくれて嬉しいわ」


 ああ、やっぱり何も知らないんだ。


「ありがとうございます。嬉しいです」


 とりあえず笑顔は作っておこう。おばさんにまでビクビクしてたら不自然に思われる。


 多分あいつが守りたいものを私が壊す訳にはいかない。


「じゃあ、私の息子も。ほら、こっちに来てご挨拶しなさい」


 靴を履いて外に出てきた。まだ夏の暑さが残る九月中旬なのに長袖のグレーのインナーシャツを着ている。


 お母さんはちょっとびっくりしたみたい。

 私はその理由を知っているからただただ胸が痛かった。


「初めまして。篠田弥咲です」


「弥咲くんね。カッコイイわね」


「いえ、そんな」


 肌白で母親の温かみのある雰囲気を受け継いだみたいな、優しそうが似合うやつだから誰が見てもそう思うだろうし、実際間違いじゃない。


「燈花とは同じクラスになったことあったのかしら?」


 心臓が跳ねた。


 やめて、それは一番聞いちゃダメ!


 つい篠田を強く見つめる。それに気付いたあいつはまるで大丈夫だよって言うような微笑みを私に見せてきた。


「一度中学二年のときにクラスメイトでしたけど、僕が女の子と仲良くなるのが苦手なので、もし聞いたことがなかったならそれが原因だと思いますよ」


「あら、そうなのね。燈花は生宮高校に通ってるけど同じじゃないわよね?」


「そうですね。でも、ここからなら同じ駅からから通うので会うことはあるかもですね」


 朝から顔を合わせるなんて互いに嫌な気になるだけじゃない。


 ていうか、毎日どこかでこいつの顔を見るかもって思うだけで参るよ。責任は私にあるとはいえさ⋯⋯。


「はぁ」


 嬉々として篠田と話す母さんの隣でため息を吐くことしか出来なかった

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練習BOX 木種 @Hs_willy

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