練習EP

 中庭に立つ彼女の右腕に灯る紋章は魔力の証。


 魔力を持つ多くは各々が生まれ持った属性魔法の紋章が描かれているのだが、時折、異種が浮かび上がることがある。


 それは世界を探せどひとつしかない特殊なものだ。


「お前はそれを得て何を思った?」


「そんなこと聞かずともわかるはずです。私は両親を殺した魔王が憎い。有難いことにあと二年後に魔王が復活するかもしれないのなら、復讐を果たすために与えられたんだと思います」


 彼女と話しているのはこの世界で数少ない魔法育成学校の教師、オーヴル・ミリタム。


 三十歳にして、魔王亡き後に出てきたのが悔やまれるほどの魔力を有する最強格の彼は満足気に頷く。


「そうか。そういう感情は大切にしておけ。最後の力になるのは心の奥底にある憎しみや願いだからな」


「その話はもう何回も聞きました。そんなことよりも、もっと強力な魔法のことを教えてください!」


 苛立ちを隠せない彼女は捲っていた右腕の服を戻して睨みながら言う。


 それもそのはず。


 先の彼女の発言にもあったが、二年後に五十年掛けてようやく倒したはずの魔王が蘇るなどという文書が国王の元に届いたのだ。


「あんな悪ふざけまでして⋯⋯」

「当時、唯一生き残った騎士の死体のなかに声明の書かれた紙を入れて送り付けてきたことか?」


「そうです!舐められているんですよ、私たちは」

「当然だろ。どういう方法で蘇るのか、もしくはもう姿は取り戻していて力が戻るのを待っているのかはわからないが、十三年前に奴と対等にやり合った勇者はもういないんだから」


 残酷な事実だ。故に各国は今、重点的に育てるべき逸材を選定し、来るその日に備えている。


 もちろんオーヴルも、彼を教師としてつけている彼女もそのうちの一人だ。


 とにかく当時魔王討伐のために組まれた勇者有する騎士団は悪戯に殺された最後の一人以外は誰も帰ってこなかった。


 遺体も発見されず、行方不明。しかし、誰もが現実を見ている。既にこの世にその姿はないのだと。


「まあ、そのために威力の高い魔法を教えてくれっていうのは一理あるとは思うぞ」


「じゃあ──」


「ただし、それに見合う基礎があればの話だがな」


 彼女は勢いを削がれてしまう。


 オーヴルの言葉が刺さってしまったから。


「お前のように異種の紋章を持つ人間は模倣種よりも必要な基礎体力や知識が違う。身体能力に関しては申し分ないが、魔力に対する理解がまだ浅い。

 ひとまずはそこを改善しないと先に進めないんだ」


「⋯⋯わかりました」


 彼女はまだ十六歳の少女。


 心身共に未熟だ。けれど、背負わされた責任の重さは十二分に理解している。


 魔王や大切なものを失うことに対する恐怖は幼少期に住んでいた村を襲撃されたときに味わっているから。


「焦りすぎていても進めない、ですもんね」


「その通り、日進月歩なんて言葉に憧れるな。二年しか、じゃなくて二年もある。そう捉える心の余裕を持つだけでも成長なんだ」


 先程まであったはずの突発的な怒りは消えた。


 冷静になり、紋章のある右腕を突き出し、魔力を人型の的に向けた手の平に意識する。


 徐々に紫の球が生成されていく。


「放て!」


 オーヴルの声に合わせ、撃つイメージを描く。


 途端魔力によって生成された魔弾が真っ直ぐに放たれた。


 パンッ!


 見事に的に当たる。しかし、鳴った音は魔弾がそれに触れた瞬間破裂したものだ。


「今日もここが限界か。よし、座学の時間だ。なかに戻るぞ」


 表情を曇らせる彼女を一瞥することなくオーヴルは校舎に向かって歩んで行った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る