おうまがどき

惣菜コーナー

おうまがどき

 夕方の薄暗い時間帯は、一般的に交通事故が起こりやすいから気をつけるように。


 車を運転する人ならよく聞く話ではないかと思います。人影が視認しづらく、またライトをつけるかつけないかの合間であるから、夜よりも危ないのだと。

 車社会に発展する前にも、この時間帯は「おうまがどき」と呼ばれて「よくない時間」として恐れられてきましたから、昔から何かとトラブルのおこる時間帯だったのでしょう。




 これはある日の夕方のことです。


 私は部活動の帰り道、ひとりで家までの道を歩いていました。

 いつもは友人と共に帰るのですが、あいにく今日は彼女が風邪で欠席してしまったのです。

 この道は大通りからは逸れるものの、裏道として使う車がちらほらいるためにところどころカーブミラーが置かれていました。


 日は落ちかけていましたが、アスファルトに残った夏の暑さがじんわりとせり上ってきていました。

 時刻は夕方の六時過ぎ。


 自分の影がだんだんと消え始めたころ、私はまわりに誰もいないことに気が付きました。


 いつもは同じように帰り道をいく学生か、犬の散歩をしている住民か、いずれにせよ誰かかしらが歩いているはずでした。

 ですが、人ひとりいないのです。私を除いて。

 前を見ても後ろを見ても、車一台すらいない。私はふと猛烈な不安に襲われました。


 そのとき、かたわらに立っていたカーブミラーに目が止まりました。




 そこに映っていたのは――馬でした。それもたくさんの。




 ヒヒーン!

 いななきをあげるもの、ぶるぶると首を振るもの、一心不乱にアスファルトをひづめで蹴り続けるもの。

 馬群ばぐんの向こう側の路面が見えないくらいの、馬、馬、馬。


 私はなすすべもなく、突然現れた馬の濁流に飲まれるしかありませんでした。




 その後、私は通りがかりの人に助け起こされました。

 その人がいうには、道路のど真ん中に倒れ伏して気を失っていたと。

 あのたくさんの馬のことを聞いても、幻覚を見たのだろうとまともに取り合ってもらえませんでした。


 しかし、私は家に帰って制服を脱いだとき、それは夢でも幻でもなかったことを思い知るのです。




 背中にびっしりと、馬のひづめのような痕が赤く残っていたのですから。


「お馬がどき」了

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