第11話「もうちょっと後先考えてくれよ」



 ──真冬の日の出は遅い。

 それに加えて風も冷たく、如何にも凍えそうな風音を耳に届けてくる。


 陽の光が大地を照らし出し、ようやくこれからと息巻こうとした矢先にこそ冷気は容赦なく襲いかかってくるのだ。寒さが鈍らせるのは決して体だけではないだろう。


 ……朝になった。一行は野盗に襲われた程度で場所替えもせず、林道の途中で未だ呑気に野営している。


 吐く息は白いが、吸い込む空気は林立した木々の御蔭で清涼だ。

 例え近くに死体が転がっていたとしても、木と土の臭いが鼻をごまかしてくれる。


 季節柄、一晩で死体は腐敗することなく虫も湧きにくいし、血の臭いを嗅ぎつけて野生の獣がやってくるかもしれないが、それにしてもおこぼれに預かるのは仕留めたものが去ってからだ。動物は一部の人間ほど馬鹿ではないものだ。


 リッチモンドは昨日と同じ場所に再び火を起こしていた。

 ハリーは傍にいない。……先程まではいたが。明るくなるまで待って放置していた野盗どもの死体から掘り出し物がないか、朝飯前に漁りに行っている。


 すると、幌馬車から起き出してきた黒ずくめの魔道士が食料を詰めた手籠を持って火元にやってこようとしていた──




*




「おはようございます……」

「ああ。少しは眠れたか?」


「まぁ、少しは。ハリーに叩き起こされましたよ……」


 魔術師はリッチモンド右隣の座り、火に当たる。彼との間に幌馬車から持ち出した手籠を置いた。


 彼は二人にはノーサンと名乗っている。ノーサンキューのノーサン。偽名である。


「食料はまだあるんだろう?」

「節約せずとも一週間分くらいは。水は如何ともし難いですが、調達出来ますし」


「初級の魔法なんだってな、水を出す魔法。知った時は驚いたぜ」

「砂地の多い南の大陸では水は貴重ですしね。〝湧水ガッシュ〟は初歩的な魔法でありますが召喚術の基礎でもあります」


「召喚術? 水を呼ぶからか?」


「ご名答。土を掘ってさかずき一杯の水をす訓練から始めるのですよ。もっとも、野外で実践するとなると土が混じって泥水になるので濾過ろかを考えねばなりませんが」


「……川から汲んで煮沸しゃふつする方が楽だな」


「私としても〝浄水〟ピュアリファイ(の魔法)をかけるだけで済むので、水を汲んできて貰えるのが有り難いですね。魔法で湧いた水も同じように浄水することは出来るのですが、二度手間ですしね」


 ノーサンはリッチモンドに同意し、小さく笑う。


「……ああ、そういえば。ぼやいてましたよ、彼」

「悲鳴は聞こえたよ。どうせ、それ絡みだろう」


「ですね。……本人が来ましたよ、ご立腹のようだ」


 幌馬車に二束三文のなまくらを積み終えたハリーが身の丈に合わぬ抜き身の大剣を携え、二人のところへやってくる。


「オッサン! おい、オッサン! 頼むぜ、ホント……!」


 ハリーはリッチモンドの左隣にどっかと座り込むと、彼の前に大剣を差し出した。

 大剣は両刃であったが中程から先端に至る途中で一部がめり込むようにして欠け、そこを起点に刃がひび割れてしまっている。


「見ろよ、これ! 片方の刃が潰れちまってんだよ、これじゃ売り物になんねぇよ!」

「曲刀の背で思い切り打ち払ったからな。こっちとしてもやりようがなかったんだ」


 ハリーの非難にリッチモンドは悪びれた様子もなく、当時のことを淡々と告げた。


 ……あの時、腕を垂れ下げるように片手で構えていたが、迎え撃つ直前に手の中で転がして刃を返したのだ。


 月もまだ細く、明かりも不十分だった為に相手は気付くことが出来なかった。

 があったからこそ、昨夜は終始優勢に立ち回れたのである。


「もうちょっと後先考えてやってくれよ!」

「そうは言うがな。そんな気配りが出来るほど実力に差はなかった」

「嘘つくなよ、一方的に押してたじゃねぇか!」


「間合を殺していたからな。手数で押してたのが、そう見えただけだろう」


 最初の激突こそ片手で振るったが、以降は両手持ちを基本として牽制のような軽い振りで間合を管理し、制御していた。


 一撃で決めるつもりはなく数度に一度、手傷を負わせればいい。

 そして、その一度は決まって片手の振りだった。


 リッチモンドは両手で振るう合間に利き手の握る位置を巧妙にずらしながら、いざ片手で振るう時の目測をことごとく見誤らせていたのだ。

 

 そうして幾つもの掠り傷や切り傷を負わせつつ、出血による持久戦をいらせ──何時しか注意力が散漫となり、相手が不覚をとったところで向こうから最後の勝負を仕掛けさせた、というのが昨夜の顛末てんまつである。


「過ぎたことを言っても今更でしょうよ。彼らを一人でも生かしておけば、ねぐらにでも案内させて幾何いくばくかの稼ぎになったかもしれませんが……」


「それこそ今更だぜ。死んだもんは生き返らねぇし」

「それはそうですね。蘇生は奇跡でしか成し得ない」


 類稀たぐいまれな幸運がなければ成立しない条件と神官の奇跡とをかけて、ノーサンが皮肉交じりにつぶやいた。


 ……その後、三人は雑談を交えながら保存食主体の朝食をる。


 食事に不満はあれど、我慢が出来ないほどではない。

 食休み中、今後についての話題になった──


「ところで今、どのへんをほっつき歩いてるんだ? ミスティアからラフーロ北西の端っこに脱出したまではオレも分かるけどよ。東に向かって移動してるんだよな?」


「そうですよ。東に向かっています。それは確かです」


「ノーサンの術が成功しない限り、人里に近付く訳にもいかんからな。そうすると、進路も限られる。国土の半分近くを平野が占めるラフーロは中央や南部は開けすぎている。自然じねん、人里も多い。北回りに行くしかない……とはいえ、国土を閉ざしている北部の山脈も鉱山の街は幾つかあるから、ただ遠回りしていればいいというものでもない……」


 実際に馬の手綱を握り、幌馬車の進路を決めているのリッチモンドだ。

 時折、魔法による補助でノーサンが助言アドバイスすることもあったが。


「あまり道を離れすぎるのもね。最終的に魔道駅からの転送を利用するのですから、最寄りの駅から四半日ないし半日くらいの距離は維持していたいものです」


「でよぅ、ノーさん。実際のところ、アンタの魔法が成功する手応えはどうよ?」

如何いかんともしがたいですね。泣き言が許される状況ではないんですが……」


「ガキの方は二日目で一発だったのにな。メスガキのガードはそんなに堅いのか?」


「堅い、堅くないとかではなく、単純に魔法の成功率が低いのですよ。その時も釘を刺したはずですが……」


「ぬか喜びするなってか?」

「ええ。そうですよ」


 ノーサンは同意する。

 浮かれるように喜んでいたハリーには忠告した憶えがあるのだが、彼の方はそれを憶えているのか、はなはだ怪しかった。彼は生き方が刹那主義であるが故に。


「ま、ノーさんにはとにかく頑張ってもらうしかないな」

「ええ、そうですね──」


 ハリーの心のこもっていない激励に同意しかけたノーサンであったが、ふと考えが思い浮かぶ。


「……少し、話に付き合ってもらえますか?」


「はなし?」

「どうした、唐突に」


「別に何か告白するとかではないですよ。そうですね、気分転換のようなものです。今一度、魔法の理解を深める為に解説に付き合っていただこうかと」


 ノーサンは穏やかな愛想笑いを浮かべながら二人に提案した。

 目上の人間にびへつらう為に身に着けてしまった、子供時代からの悪癖あくへきだ。

 直そうと思っても直せない、薄っぺらい微笑みである。


「ああ……おさらいというか、復習したいのか」

「パスしてぇけどな。まぁ、暇だし。いいか」


 だが、当の二人は気にも留めず了承した。


「感謝します。それでは、術の名前から始めましょうか──」




*****


<続く>


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