2/5夜 -別視点-

第10話「戦争じゃねぇんだぜ」☆

 2月5日、夜──月はまだ細く、月光は頼りない。


 小さな幌馬車を伴った一行が、林道の途中で野営を行っていた。

 一口に林道といっても獣道のような道なき道から伐採した材木を安全に運び出せるほどの間道まで、幅は広い。


 その夜、彼らが野宿しようとしている場所は後者だった。


 間道の大きな曲がり道、余分にふくらんだ退避所に馬車を停車させ、その後方──離れた場所に男が二人、焚火たきびして囲んでいる。


 彼らは火を挟んでほぼ対面上に座しているが、少し前まではもう一人いた。

 だが、彼は食事を終えると早々に馬車の中へと引き返している。


「すげぇな、無防備もいいところだ」


 若いというより幼い、あどけない少年の声だった。傍に置いた長剣を鞘ごと掴む。

 握りは両手でも使えるよう長くされた、騎士が使うような十字クロス護拳ガード長剣ロングソードだ。


 南の大陸のろくでなしどもから力づくで奪ったたくさんの戦利品なまくらを売り捌いた末、ようやく手に入れることが出来たどこかの国の質流れ品である。


「……頭数が多いからだろ」

「んなもん、見りゃ分かるぜ。オッサン」


 年の頃は四十過ぎ。髪には白髪が混じり始めている。肌は南の大陸の人間らしく、浅黒い。しかし、肉体は筋骨隆々としていて衰えは見られない。


 ──若い方の名はハリー。オッサンと呼ばれた方はリッチモンドと名乗っている。

 二人は全身に革製の防具を身に着けていた。寒空の下で少しでも快適に過ごそうと着込んだだけだったが、今回はそれが功を奏したようだ。


 幾つかの明かりや松明たいまつの火が、焚火に釣られて寄ってきている。

 道の方からこちらへ真っ直ぐに、だ。


 別にそれだけならなんとも思わないが、連中は革鎧等で武装し、思い思いの武器を手にして──抜き身で堂々と持ち歩いているのだ。誰だって異常に気付くだろう。


 ……それにしたって、日が落ちて幾らか経ったが寝るにはまだ早い時間だ。

 豪胆なのか、馬鹿なのか──連中には寝込みを襲うという概念はないらしい。


 個人的に言わせてもらえば、非常識を通り越して白痴はくちもいいところだ。中央大陸の平和ボケはここまで極まっていたのかと戦慄するほどに。


「矢を射かけてくる気配もなし、か」


 リッチモンドは腰の革帯ベルトから外していた幅広肉厚、特注の曲刀を手繰り寄せながらぼそりとつぶやいた。


「戦争じゃねぇんだぜ、オッサン。そんな贅沢な真似は出来ねぇよ」

「それもそうか」


 ありふれた飛び道具の矢にしたって消耗品である。

 外せば再利用出来るが、下手に当たるか防がれるかすれば使い物にならなくなる。

 

 ──ひんすればどんする。

 野盗まで落ちぶれた連中が必要経費の端金はしたがねまで惜しむのはよくあることだ。


(途中で二手に分かれて、別動隊あちらは明かりが二つ……人影は三人)


 明かりを手提げた一人が前方から、二人が後ろの荷台へ回り込もうとしている。

 一方、こちらへ向かってきている連中は松明が一つに明かりは二つだった。


 見えている限り、人数は四人──


「合計七人か。この分だと伏兵もないな」

「2対1か。殺していいんだよな? 手加減すんの、面倒クセェし」


「いいんじゃないか? 数は多いんだ、俺たちのを全滅させてもお釣りはある」


 二人は気怠けだるそうに会話しながら、ほぼ同時に立ち上がる。剣を抜き、鞘をそこらに投げ捨てると──


「ぎ──!」


 奇声と悲鳴だった。馬車の方から聞こえてきた。

 聞き覚えのない男たちの声は野盗の誰かのものだろう。


 それを聞いて二人は目を見合わせ、互いに鼻で笑う。


「……しょうがねぇな、オレたちの魔術師様はよ!」


 ハリーが獰猛な笑みを浮かべ、松明の方に向かって弾かれたように突進していく! 

 若いハリーとは逆にリッチモンドはじっくりと待ち受けたかったが、こうなっては仕方ない。嘆息をついてその後ろに続いていった。


「アホが!」


 ハリーにいきなり突っかかられた野盗が狼狽うろたえて手にした松明を突き出すが、火を恐れるのは獣くらいだ。松明を持つ腕は伸びきってしまい、それを回り込んで前腕の中程なかほどから叩き斬り落とすと叫ぶ間すら与えず、顔面を刃で撫でてやった。


「テメ──!」


 怒号とともに一人が死角から襲おうとするが、反応というか動きが悪い。


 素人同然で一撃に賭けるというより、一撃で片付けることしか能のない上段からの大振りだった。なんなくかわしたところを喉でも突いて殺してやりたかったが、突きはめと決めている。


 足元に転がっていた松明ははっきりいって邪魔だ、ハリーは適当に道へ蹴り出すと一旦下がって長剣を握り直す。


 ……技量は分かった、こいつらはクズだ。なぶごろしにしてやればいい。


 その時、リッチモンドはこいつらの中で一番の使い手であろう一人に目星を付け、相対していた。


 ──双方共に余計な物を持たず、手には愛用の武器のみ。

 一方は片手をだらりと下げた先に曲刀を握り、一方は背丈程の長さの大剣を両手で堅く握っている。


 腕自慢か、それともただの力自慢か。願わくば前者であることを祈るのみだ。


「お前がでいいんだよな?」

「そう見えるか?」


「頼むぜ。俺は子供の遊びに付き合う趣味はなくてな」

「……そうかい」


 リーチは圧倒的に大剣の方が長い。対する彼の曲刀は握りを両手持ち出来るように長くあつらえ、刀身も厚くした──受けにも使えるようにした特注品であるが、刃渡りは片手剣と大差ないものでしかない。


 また、受けにも使えるとて限度はある。

 想定しているのは片手剣、精々が両手持ちの長剣まで。それ以上は受けられない。

 必然、大剣相手には斬撃をくぐって肉薄するしかない。


 ……近くに松明が転がってきた。ハリーが蹴り出したものだ。

 十分な光量とはお世辞にも言えないが、顔がうっすらと見えるほどではある。

 

 これで闇夜に紛れて剣が見えぬということはないだろう。

 敗北の言い訳が一つ消えた訳だ。


 もっとも、剣を交えた後で敗者が生きていられればの話だが……


「お前……南の傭兵上がりだな?」

「仕事の時は口数を減らすことにしてるんだ。さんよ」


「そうかい……!」


 どういう経緯で野盗に落ちぶれたかは知らぬ。だが、大体の予想はつく。

 どうせ苦し紛れの一か八かの賭けに出て、失敗したのだろう。食い詰め者の末路、よくある話だ。


 ──今のご時世、剣で身を立てようなんざ夢物語もいいところだ。


 愛想がよければ盛り場の用心棒にでもなれるだろうが、要領よく他人に下げられる頭がなければあっという間に悪い方へ転がり落ちる。そして、暴力をにしている奴なんて商売上手は一握りで、大多数は世渡りが下手なのだ。


 ……傭兵くずれは大剣を脇に構えた。


(始動は中段薙ぎ払い……振り切って切り返しか、途中止めで中段の構えに──ってところか)


 リッチモンドは初手をそのように読んだ。

 最初から正面に構えないのは性格的なものか。


(自分から仕掛けるより待ち構えようって慎重派だな。であるとするならば──)


 ──向かって左からくる大剣の薙ぎ払い! 

 リッチモンドはこれを偽攻フェイントと読み切って躱しも受けもせず渾身の力で真っ向から弾き返す! 


 事前の構えから無意識に油断もあったろう、両手持ちの大剣と片手剣である。

 衝突すればどうしたって軽い片手剣の方が弾き飛ばされるはずだ。


 ……だが、現実はそうはならなかった。

 如何に両手持ちで重量のある大剣であろうと、肝心の斬撃に力が込もってなければ意味はない。


 片手と両手──そして、得物に重量差があろうとも。

 肝心の膂力りょりょく、それが渾身と牽制であったならば覆すことも不可能ではないということだ。


 結局、初手の読み勝ちがそのまま勝負を分けた。


 初手で体勢を崩された傭兵くずれは終始自分の間合いで戦うことが出来ず、やがて押し切られる形で深手を負った。リッチモンドに突き飛ばされ、間合が離れた時には全身が無数の切り傷によって血まみれ。


 ……今にも死ぬという時なのに冬の寒さ、冷たさより体と心の熱さが勝っていた。

 異様な高揚感だった。


「ふっ……ふふふ……」


 傭兵くずれは心のまま、笑っている。


「ま、俺の方も楽しかったぜ」

「ああ。そうかい……」


 ──最後の攻防である。


 生涯最期の一振りは小細工なし。

 中段の構えから大きく振りかぶって、大上段の突進からの振り下ろしであった。


 大剣が地面を穿うがち、無防備な体勢で硬直する男の素っ首をリッチモンドは鮮やかな手並みでばしてやる。


 ……死ぬのではなく殺す。勝敗は必ず人の手でつける。

 それこそが一騎打ちを締め括るに相応しい決着であり、また、手向けでもある。


「結構てこずったよな、オッサン。遊んでたのか?」

「……そう見えたか?」


「冗談だよ。怖い顔すんなって」

「俺は平常だよ……」


 そう言って、リッチモンドは静かに笑った。言葉通り、心は穏やかだった。


 戦いの果て、敗れて死ぬ。結果だけをみれば、哀れな末路に思えるだろう。

 だが、それでもこいつは幸せだったはずだ。不慮とはいえ獄中や処刑台ではなく、戦いの中で死ねたのだから。


 人は「死に様を選べない」とのたまう。であればこそ、この最期は理想に近く本望ではないだろうか?


 何故ならば、勝ち戦で死ぬ人間はいないのだから……

 戦いの中でしか生きられず、戦いで死ぬというのはなのだ。


 首のないむくろを見下ろし、リッチモンドは少しうらやんだ。




*****


<続く>


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