第9話「君たちの為を思って──」
──翌日。2月5日。
午後の授業前を告げる予鈴が鳴る頃には、アルバートの教室に二人の女学生の姿があった。エルナとリアである。約束通り、彼女らは再び教室を訪れていた。
……入室した時、教室の主であるアルバートは揺り椅子に腰掛けて微睡んでいた。
彼女らが訪れると「少し風に当たってくる。すぐに戻るから」と、そのまま教室で待っているように言いつけ、予鈴が鳴った後に何事もなく教室に戻ってきた。
「待たせて、ゴメンね。話をする前に頭をすっきりさせたくてね」
立場を逆転して出迎えるかたちになった二人は、昨日と同じように丸椅子を列から持ち出し、部屋中央のカンバス前に置いて座って待っていた。
アルバートが引き違い戸を開けて入室すると立ち上がり、礼に倣って会釈をする。
「……念の為に聞いておくけど、僕のいない間に誰か訪ねてきたりしなかった?」
「あ、いえ。私たちの他には誰もきてないです」
「受講生は君たちだけ? ……本当に?」
「本当ですよ。ここを訪れる人は学生も含めて皆無でした。短い間でしたし」
「そっか。まぁ、そうだよね」
アルバートは笑って答えると二人に椅子にかけるよう言った。
この授業は彼女らの貸し切りだ。それでは、昨日の話の続きをしよう──
*
「……さて。昨日の続きだけども。どういう話だったかな?」
「現在行方不明のリアの弟と妹を捜す。先生が魔法で、その協力をしてくれる……というところまでです」
「ああ、そうそう。『僕の言いつけを守って決して無茶しないと約束出来るなら』という条件付きだったね」
「……そうですね」
エルナは気に障ったような表情を見せたが、一瞬だ。
すぐに平静を装ってアルバートに同意した。
とにかく時間が惜しいので、エルナは単刀直入に話を切り出す。
「そういえば、先程の条件という話ですが。昨日、先生は確か
「早速だね。よろしい、昨日は授業時間後に押し掛けられたので説明出来なかったが今日は授業中だ。ちゃんと説明してあげるよ」
「……授業中でなければ話せないことなんですか?」
「勿論。これは我が一門に関する秘術だから
アルバートはそのように断ってから、話を始める。
「これは今から何年前かな? 世界大戦が終わって20年か30年か……今年が1335年で終戦が1192年だから百年……まぁ、約百年前だよね。そのくらいの時期に流行した
「詐欺?」
「降霊術という名の詐欺だ。ようするに死者の霊と会話出来るなんて言って人を
「……いえ」
「聞いたことないです……はい……」
エルナとリアの二人は頭を振って否定する。
「そうか。昔の話だしね、無理もない。降霊術は当時の詐欺師にいいように使われ、現在はすっかり廃れてしまったが大元の歴史は意外にも長く由緒正しかったらしい。その起源は世界大戦以前まで
アルバートはそう言いながら自家の流派名をカンバスに、魔力を使った文字を指で書き記して二人に示した。その後、流派名の上部空白に『〇〇派』とあやふやな文言を付け足し──
「ただ、当時の詐欺事件に巻き込まれたゴタゴタのせいでウチからも色々な資料とか
「その降霊術というのが先生独自の
エルナの問いかけにアルバートは頷いて肯定する。
「その通り。グローブ流降霊術は当代、自分にも継承されている。みだりに使えない秘術ではあるけどね。だけど、今回の事件ならリア君の協力さえ得られれば僕も力になれる……と、ここまでが昨日のおさらいかな」
「それで、協力って……私は何をすれば……?」
リアがアルバートに尋ねる。
「立ち入り許可が欲しいんだ。現場となった君の実家への立ち入り許可がね」
「立ち入り許可……?」
「幸い、君の祖父母の屋敷もリア君の実家も、この学院とそこまで離れたところにはないだろう? 今日にも手紙を出せば遅くとも一両日中には着くはずだ」
「でしたら、昨日のうちに言ってくれれば時間も省けたのでは?」
「別に昨日でも今日でも大差ないよ。連休は8日と9日、それまで相手方に伝わればいい。例え行き違いがあって無断進入だと誰かに通報されたとしても、リア君自身が表立って説明すれば問題もない。あんなことがあって屋敷は今〝
「考えてみれば、魔法による施錠は魔術師には無力ですね……」
「まあね。でも、どのお宅も単純に魔法をかけただけで済ましちゃいないよ? 魔法以外にも〝鍵〟となるものが必要だったり
「……犯人は魔道士だと?」
「単なるならず者には無理な犯行だよ。この国の者ならすぐに分かる。深夜の屋敷に大胆にも押し入るなんて魔法が不可欠さ。それも強力な魔法が、ね……当事者の前でこういう話をするのもどうかと思うけど」
「あ、いえ、お構いなく……」
「いや、いいよ。話を戻そう」
「……そうですね」
アルバートの言葉にエルナも同意する。
アルバートは咳払いするとカンバスを掌で
「ええとだね……リア君の屋敷への訪問だが、僕は8日9日の連休に行いたい訳だ。おそらく泊まり込みになる。その許可をリア君の祖父母と連絡を取って、了解を得て貰いたい。話をまとめると、こういうことになる」
「8日と9日に家に帰る……先生と同伴……あ、これはまずいですね……」
「そうだね。ちょっと違うかな」
アルバートは苦笑いする。
「変にごまかそうとすれば粗が出るし、包み隠さず書けばいいでしょう。御祖父母にいらぬ心労をかけるかもしれないけど……」
「そうだね。後々になってもめるのは個人的にも御免被りたい。ここは正直に『行方不明の姉弟の手がかりを得る為に先生が助力してくれます。もしかしたら、騎士団に有力な情報提供が出来るかもしれません』……という風なことを手紙にしたためればいいんじゃないかな」
アルバートは手紙に書くべき要点をカンバスに書き出しながら、リアにそのように助言した。
「そうですね……では、そのように書きます」
「もしも、相手方の了解が得られない場合は?」
すかさず、エルナが尋ねる。しかし、アルバートに抜かりはない。
「その場合は学院に手紙を寄越してくるのではなく、屋敷の方へ直接乗り込んでくるんじゃないかな? というよりも、時間的にはその手段しか取りようがない。怒鳴り込まれた時、説得するのは君たちの役目ということだ。君たちが説得に失敗した時は当然、僕も大人しく引き上げる。……だけどこれは、下手に文書でやり取りするより対面の方が説得しやすいだろうと僕なりに考えてのことさ」
文書では事務的に
相手次第ではあるのだが、聞く耳くらい持ってくれることもある。
物事を合理的に考えてくれるエルナならば、この考えに反対しないだろう。
「なるほど。そういうことであれば、異論はありません」
「おじいさまとおばあさまなら、きっと理解してくれると思います……」
エルナの同意さえ得られれば、リアは彼女の後を追従するだけだ。
実際、リアからの具体的な反論はなかった。
──ここまでは
アルバートの仕掛けた遅滞戦術は実を結ぼうとしていた。
「それじゃ、この件はそういうことでいいだろう。後の時間はそうだな……せっかくだし、君たちの魔法の授業にでも充てようか。今から〝
話題を変えて、話を逸らす。自然な振る舞いで時間を費やしていく。
アルバートの目的の第一は彼女らの身の安全と──次いで少々の点数稼ぎを含んだ自己保身と。出来る範囲で努力させつつも、危険からは遠ざけて
……つまり、同じ方を向いていても
結局、この後もアルバートの思惑通りに事は運んでいた。
2月8日まで彼女らの周辺で特筆すべきことはなかった──
*****
<続く>
・「〝
「(初歩的な魔法で使用者の目が赤く光る特徴があります。視界は白黒になりますが暗所で物を見えやすくする、という魔法ですね。また、初歩と言いましたが基本的にこの魔法は留学生には教えていません)」
「(これの上位魔法というには難易度は高くないですが〝
「(ただ、これは余談ですが〝
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