第12話「敵は三人」
根を詰めても成果は上がらず。内心、焦り始めていたのもある。
連日、限界まで魔法を駆使していた上に野宿ということで眠りも浅く、体調も万全ではない。
藁にもすがるという心境まで追い詰められていないが、このままでは時間の問題のような気もしている。
そこで、目線を変えてみようと思い立ったのだ。
例え些細であっても、なんらかのきっかけを得られれば──
*
「それでは術の名称から教えましょうか……私が目下、苦戦中の術は〝
「どちらも原点は神の奇跡……神聖魔法、ということか?」
「神聖魔法ってアレだろ? 神官しか使えねーヤツじゃん」
すると、ノーサンは小さく笑って、
「確かに源流は神の奇跡かもしれません。だからといって、必ずしも神官専門になるとは限らないんですよ」
「……マジで?」
「ほう、そうなのか?」
二人の疑問にノーサンが答える。
「例えば、さっき貴方との話に出た〝
ただし、ノーサンが「一部」と前置きした通り、許可されているのは入門的な神聖魔法がほとんどだ。本来なら〝
「……ちなみに、許可のない神聖魔法を模倣して悪用しようとする人間は神罰が下ると言われています」
「ま、当然だな」
「そりゃそうだ」
そこは特に異論もなく、納得する。
ノーサンは話を戻して──
「先程、〝
「戦女神グレイ=スの兄か。そいつは死神だと聞いたことがあるが……」
グレイ=スは〝戦女神〟とも呼ばれるだけあり、信奉している傭兵も珍しくない。
翻って兄の方の信奉者はリッチモンドの知る限り記憶にはないが、職業柄、誰かが信仰していたとしても不思議はないと思われた。
「神頼みなんてアホらしいことする傭兵なんているのな」
「……そりゃいるさ。傭兵として長く生きるコツは命の取り合いを最低限で済ませてからの勝ち逃げだからな。勝つにしろ負けるにしろ、戦場から無事逃げおおせるなら人は容易く宗旨替えするし、なんなら悪魔に魂さえ売り渡すだろうよ。極限状態にも豹変することなく思想信条を貫く人間など一握りだよ」
一握り、とリッチモンドは言った。
また、そうやって辛くも生き延びられた人間も──
「もっとも、死に物狂いで生き延びちまった人間なんてのは大抵が回復することなく歪んでしまったままだがな……我が身可愛さに如何にして逃げる背中を討たれないようにするか、そればかりに腐心するようになる。命の有難みを知った者ほど、過剰なまでに自らを
リッチモンドは吐き捨てるように言った。
敵にしろ味方にしろ、そのように変質した人間を何人も見てきた。
敵であれば皆殺しにしようとする者、味方を謀殺しようとする者、敵と通じようとする者、等々──
「因果な話ですね。背に腹は代えられないとはいえ」
「……ていうか、その話だと勝ち戦の勝ち逃げはともかく、負け戦の敵前逃亡なんて味方からバッサリだろ」
「だから、どちらも込みでという話でしょうよ。勝ち戦でも負け戦でも味方から糾弾されないように根回しをしているという話では?」
「
「結局、世の中は腕力より知力、政治力が幅を利かせる平和な社会ということです。世界でもっとも暴力的であった南の大陸といえど、例外でなかったことがその証左。いや、まったくもってつまらん世界です」
リッチモンドが物思いに
「すまん、くだらんことを愚痴った。それで〝
「いえいえ。……で、なんです?」
「魔法の成功率が低いと言ったな? であるなら、その成功率を上げる方法……何かないのか?」
「おー、それそれ。便利な道具とかありそうだよな。なんかないの、ノーさん?」
話に乗ってハリーも気安く尋ねるが、ノーサンは小さく笑って首を振る。
「あるかないかで言えば、ありましたが……手持ちの物はすべて使い切りましたよ。せいぜい愛用の杖くらいなものですね……出し惜しみして計画に失敗しました、では本末転倒ですから」
「マジか。使ってたっけ?」
「魔石の粉末や
「では、例えば儀式とかそれに代わるようなものはないか? 神官の神聖魔法などは儀式をして魔法を成功させていると聞く。もし、貴様が話した術の成り立ちが正しいのであれば──」
「貴方の言わんとすることは分かります。ですがね、仮にそのような儀式があったとしても私はその神の信徒ではないし、どのような祭器が必要なのかも分かりません。それこそ時間も知識も道具も手がかりすらここにはない。いい案だと思いますが私の準備不足と実力不足ですね、申し訳ありません」
リッチモンドが言い終わらないうちから食い気味に、まくし立てる様にノーサンは弁解すると最後に謝罪した。あまりの剣幕にそれ以上、リッチモンドは口出すことが出来なかった。
しかし──
「……よく分かんねぇな。そもそもよ、そんなに難しい魔法ならなんでガキの方には一発で成功したんだ? 現に成功してんじゃねぇか。それなのに見通しが甘いだの、詰めが甘いだの、なんでそんな話になってんのさ? 意味分かんねぇんだけど」
「ま、門外漢からすれば妙な話ではあるな……賽の目じゃあるまいし、成功や失敗に明らかな揺らぎがあるのはどうにも不自然な気もするな」
「と、申されましてもね……私としては先程申し上げた通り、実力不足と答えるしかないのですよ。ただ──」
ノーサンはまず始めに結論を言ってから、詳しい話を続ける。
「確かに〝
「こいつはただの結果論だが……娘の方に比べ、小僧の方はまだ幼かったから魔法がかかりやすかったのか?」
「それも多少あるでしょうが誤差の範囲ですね。それよりも状態異常……二人は今、魔法により睡眠状態にある。これにより意識は不明から半覚醒の間にあり、普段より魔法にかかりやすくなっている。しかし先程、揺らぎとの指摘がありましたがまさにその通りで、要は行ったり来たりを繰り返しているのですね。意識が覚醒に近い状態だと抵抗力も増すのですよ」
「なら、熟睡してるかどうか見極めてかけりゃいいんじゃね?」
「簡単に言いますがね……」
ハリーの何気ない一言にもノーサンは反論する気力もなく大きなため息を
そして、
「結局はそれもこれも私の実力不足に回帰するのですよ。私に強大な魔力があれば、魔法に対する圧倒的な理解度があれば……凡俗の抵抗力など無意味ですから。事実、彼らはそうだった」
「──彼ら?」
「フフフ、魔道士と敵対する破戒的集団ですよ……傭兵の例えで言えば、それぞれが一騎当千の実力を持つ。聞いたことはありませんか? 〝
その妙な符丁に聞き覚えがあるかないかで言えば、何処かの酒の席で根も葉もない噂話として聞いたことはある。
けれども内容は何十年、何百年前から世界各国の
「私はね、この目で確と見たんですよ……人が石になる瞬間をね。あれはまさしく
──名目上、ノーサンの師でもあった男は直後、粉々に砕け散った。
上の者には媚びへつらい、下の者は事ある毎にあげつらう。口ばかり達者で品性に欠ける、人面獣心の欲深い男だった。
ノーサン自身、体に流れる血の
その日、世界が一変するほどの衝撃を受けたノーサンは数カ月後に行方を
「破戒的集団、か……」
ぽつり、とリッチモンドがつぶやいた。
(何が目的は知らないがノーサンが言っていることが真実なら神罰を、神をも恐れぬ集団らしいな……)
そして、どうやらノーサンはその集団を心酔しているようだ。
魔法使いが南の大陸まで流れてくるのはおかしいと思ったが、これも闇雲に幻影を追ってきた結果なのだろうか?
……しかし、数多くの秘密を抱えるのが魔法使いの宿命だ。
事情を尋ねたところではぐらされるか、まともに答えが返ってくるとは思えない。
リッチモンドは好奇心を押さえ、口を
「……でさぁ、今日の予定はどうするよ?」
すると、暇潰しの会話にもいよいよ飽きたのか、ハリーが座ったままの態勢で体をほぐし始めながら二人に尋ねる。
「そうですね……本日は何処か村にでも寄りませんか? 昼頃に立ち寄って夕方には去る。水や食料など補充してもよいでしょう」
「……まだ余裕があるのではなかったか?」
「それはそうですがね……今し方、狭い馬車にガラクタが色々と積み込まれまして。処分しないと狭いのですよ」
「なるほど。そういう理由なら仕方ないな……」
リッチモンドはハリーの方を見る。
「なんだよ? いいじゃねぇか、小遣いくらい稼いだってよ」
「ああ、別にいいさ。だが、全てをお前の
リッチモンドはハリーが持ち込んできた破損している大剣の方に目をやる。
この大剣の持ち主だった男を倒したのは、ハリーではない。
「ああ、分かったよ! 今日仕入れる分は俺の
リッチモンドはノーサンの方を見た。
彼は見合わせただけで特に言葉は発しなかったが、つまり、異論もないのだろう。
「……話は決まったな。早速、出発するとしよう」
彼らはその日も北回りに迂遠しながら、西へ──ゆるゆるとだが、スフリンクとの国境方面へ着実に進んでいた。
そして、この日より二日後。
ノーサンの術は成功し、彼らはようやく野宿から解放されている──
*****
<続く>
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