第7話「ミイラ取りがミイラになる」
〝物を探す魔法〟を求め、臨時教師アルバートの教室を訪ねた二人は教室内に案内され、ちょっとした講義を受ける。事情を聞いたアルバートが彼女らがやろうとしていることは危ういと察し、その頭を冷やすために画策したのだ。
現状を正しく理解すれば考え直して踏みとどまるに違いない、と。
彼が望まぬ残業してまで試みた講義は成功したかに思えた、だが──
「ここは魔法学院でしょう? 〝
エルナ=マクダインは易々と彼の予想をはずしてきたのだ。
*
……古来より物語などにおいて定番の
魔法使いが遠望を映し出す時に使用する水晶球だ。そしてそれには当然、モデルとなった品がある。
定番というのは裏を返せば広く知られていて、それが流通しているという証左でもある。エルナの提案にしたって決して的外れなものではなく、妥当で現実的な方策といえた。借りる方法も最悪、金銭という手堅い手段が使えるのだから抜かりはない。
(ああ、そうきたか……)
彼女たちはあくまで危険な火遊び※(アルバートにはそう思える)をやめるつもりはないようだ。臨時でも教師という立場上、それとなく諦めさせる方向で話を誘導していたが、最悪、直接的に言及しなければならないかもしれない。
(そういうの、向いてないんだけどなぁ……)
アルバートは嘆息をついた。そして、エルナに尋ねる。
「……借りると簡単に君は言うが、アテはあるのかい?」
「いいえ。先生はご存知ないですか?」
アルバートの屋敷は祖父から受け継いだもので、蔵もある。しかし、その中に
「君の言う〝遠望の水晶球〟とは実用性の高い魔法の宝物でね。そのせいで生産する工房も指定され、年間生産量も厳しく制限管理されてる。性質上、換金素材としても優秀でね……高価な宝物扱いである以上、見ず知らずの人間においそれと貸し出してくれないと僕は思う。あまり楽観視しない方がいい」
少し大仰に脅したように聞こえるが、事実である。
彼の──いや、彼の一族の生業上、祖父の代から色々と手を尽くしてきたがついに手が届かなかった魔法の宝物なのだ。
「そうですか……」
アルバートの事実を織り交ぜた指摘には流石に手詰まりを感じ、気落ちしたようにエルナの表情が若干曇る。
彼女は聡明であるが故に理詰めは効果的だった。あと一押し、といったところか。
「そもそもの話を聞いていいかい? 君たちは何故、自分たちだけでなんとかしようとそんなに思い詰めているんだい? いや、重大事というのは分かる。分かるがね、騎士団や周囲の人間はそんなに信用出来ないかな?」
子供を諭すように、アルバートは問いかける。
──これは彼女をバカにしているのではなく、むしろ逆だ。
聡明だと見込んだからこそ、エルナもアルバートの問いかけに対して誠実に言葉を選んで答える。
「信用が置けないのではありません。ただこれは、心の
「心の有り様……?」
「私も彼女に対して信じて待つのも一つの解と言いました。ですが、彼女はその時にこう言ったのです。弟や妹にもう一度会いたい、と。ですから、彼女の願いを叶えるべく行動している。それだけです」
「君の友人を
「友人というほどの付き合いはありませんよ? 今し方、知り合ったばかりですが」
「……は?」
アルバートはつい間の抜けた返事をしてしまうが、ここまで会話から掴んだ彼女の性格からしてつまらない冗談を言うとも思えない。
それは真実か、リアの方を見つめるが、
「あ、はい。今日というか、本当にさっき知り合ったばかりで……」
「じゃあ、何かい? ……いやいや、どういうことだ? なんで君はそこまで親身に、知り合って間もない彼女の為に東奔西走してるんだ? ちょっと分からないんだが」
言葉にこそ出さないがアルバートの困惑にリアも同調したように、エルナの顔色を
「それが上に立つ者の義務だからですよ」
「……上に立つ者の義務?」
「平時から威張り散らす者がいます。威張り散らせるのには相応の理由があります。力がある、金がある。知識がある、技術がある……概ね、そんなところでしょうか。そのような眉を
「それは道理でもあるが……今、君がそうする理由があるか?」
「ありますよ。言い換えればそれは『いざという時』です。彼女にとっての『今』が『いざ』なのです。であれば、動かざるを得ない。
アルバートは……何かを言おうとしたが、言葉がまとまらずに息を吐き出しながら唸った。この問題に関わるスタンスは常識の一言で片付けられない彼女の根幹、思想信条に深く根ざしている。
止めようがない……アルバートは率直に思った。彼女らは彼の手に余る。
それならば、せめて──
「だとしてもだ……君達だけで何をどうこうしようというのは無謀だろう? 現実を少し甘く見ていないか?」
「私たちだけで解決出来るなどと
「いや、そこまでは言わないよ。気持ちは分かるつもりだ。ただ、一介の教師として君たちの逸脱した行動は止めなくちゃならない。僕はそういう立場にあると認識してほしいな。忠告を受け止めて自重してくれると助かるんだが……」
「私たちはまだ何もしていませんから。貴重なお時間を頂きまして、誠にありがとうございました」
エルナが席を立つ。遅れて、リアも立ち上がった。
「……これから、どうする気だい?」
「時間もまだありますし、他の教室にも当たってみます」
──協力を得られないとあれば、次に行くのは自然な流れか。
この学院には教師はまだまだいる。中には自分よりも優秀で、お人好しな魔道士が一人くらいはいるかもしれない。
彼女らはそんな人材と巡り合うまで駆けずり回るつもりだろう。
「そういえば、君らはなんでまた僕を訪ねてきたんだ?」
アルバートも見送る為に立ち上がりながら、何の気なしにエルナに尋ねた。
廊下での様子を思い出すに彼女がリアをここまで引っ張ってきたのは明白である。
「何故と言われても……消去法ですが?」
「しょ……!?」
予想外の返答に虚を衝かれ、アルバートはそれだけ言って絶句する。
予想外の反応だったのはエルナも同じで、彼女にしては珍しく慌てて取り繕う。
「申し訳ありません、表現が不適切でした。数日前に授業を受けた時、臨時教師だと仰られていたので……」
「ああ、それで──」
「その授業の終わり際、先生は自身を『専門は占い師の真似事』と自虐していませんでしたか?」
「確かに言った。聞いていたのか……」
「印象に残っていたもので。それに消去法というのも門前払いを少しでも避けようとした結果ですよ。他意はありません」
「そうか……単なる消去法であるなら、このまま行かせようと思ったけどね」
「どういう意味です?」
「僕も人の子だ。教師なら誰でもいい、というのであれば『お帰りはあちらです』と愛想笑いで送り出しもするが、僕を目当てにやってきたというなら無下にも出来ないだろう? 教師業も今日は終わり、今は一介の魔道士だ。それでよければ手助けしてあげてもいい……そんな気分になったのさ。
彼女らの手前、教師として振る舞っていたがそれ以前に一人の魔道士だ。
誰でもいい誰かではなくアルバート個人として見込まれたなら悪い気はしない。
──偶然や当てずっぽうではなく、彼女らが選んでここにやってきたというなら。
そういうことであれば、少し手を貸すのもやぶさかではない。アルバートもまた、エルナとは違った頼られることを意気に感じる気質の人間であった。
*****
<続く>
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