第6話「やる気をみせたら裏目に出る」


「……ひとまず順を追って整理しようか。君たちは〝物を探す魔法〟を知りたがっている。それを聞いた僕はてっきり落とし物や忘れ物、失くした物を探しているのだと早合点した。だけど、君たちが求めていたのは実は探し物ではなく人捜しの方法だ。目当ては物ではなく人だった、と。要はそういうことだね?」


 小さなカンバスと彼女らの間に立ったアルバート。

 「人」、「物」と魔力を帯びた指でカンバスに文字を書きながら、二人に確認した。


 指で書いた文字は魔文字まもじとして色付きで可視化され、くっきりと見えている。


「はい」

「そういうことになります……」


「よろしい。それじゃあ、二人とも。人捜しは一旦置いといて〝物を探す魔法〟から話を詰めてみようか」


 アルバートがカンバスを掌でこすると、先に魔力で書かれた魔文字は奇麗さっぱり消えてなくなった。


「さて。一口に物を探すといっても解法は一つじゃない。まずは復習も兼ねて、今の君たちに関係ないものは除外する。例えば〝引出ドゥロー〟。精神を集中して現在から過去に記憶をたどり、思い返す魔法。或いは〝備忘録メモランダム〟。こちらは心に深く刻み付け、忘れないようにする魔法だね。どちらも毎日のちょっとした訓練で身に着く初歩的な魔法だが……ああ、これらは当然、知っているよね?」


 アルバートは説明しながら、カンバスに呪文名を書き記している。


「いいえ、聞き覚えはありませんね……授業などでも話題になったことはないです。わたくしの記憶が正しければ」


「……そうなんですか?」


「そこらは一年くらいの短期留学と、数年ほど腰を落ち着けて学ぶ一般学生との違いなのかなぁ? どうしても短期だと、要点だけを絞って教えがちになるし……いや、臨時教師である僕が言えた義理でもないけどね」


 そう言って、アルバートは苦笑する。


 ──臨時教師の身分では知る由もないのだが、基礎的な事を余所者に教えないのは学院による意図的な教育方針である。外部への魔術の流出を最低限にとどめ、発展も阻害する。世界に必要な例外的存在の天才以外、育てるつもりなど毛頭ないのだ。


「……話を戻そうか。次は逆に君たちに関係ありそうな魔法だ。基本的なところで〝遠見スコープ〟と〝望遠フォーカス〟かな。こっちはどうかな、知ってるかい?」


 カンバスに呪文名を新たに書き出して、二人に質問する。

 問われた二人は顔を見合わせ、各々頷いた。


「〝遠見スコープ〟は……視力を拡大して遠くをる魔法、ですよね? 〝望遠フォーカス〟はより遠くを心の目で視る魔法と聞きました」


 リアの模範的な回答に、アルバートは頷いてから肯定した。


「その通り。〝遠見スコープ〟は魔力で視力を拡大する魔法だ。術の対象はあくまでも肉眼で目潰しに弱く、失明や盲目には効果を発揮しない。身体強化の一種だね。〝望遠フォーカス〟はその上位魔法。対象に焦点を合わせ、俯瞰ふかん視点してんで現在を観察する魔法だ。裏技として自分自身を対象にする事も出来る。ちなみにこちらは、失明でも盲目でも問題ないと言われている」


「先生。〝望遠フォーカス〟というのは、どのくらい離れても有効なんですか?」


 代わって、エルナが質問する。


「射程に制限はないよ。対象に制限はあるけどね」

「対象、ですか?」


「そう。〝望遠フォーカス〟は対象※(自分以外)に少しでも気を張られると映し出す像が乱れて消えてしまうんだ。勿論、自分自身の集中が乱れても当然ダメ。……つまり、生物の観察にはあまり向いてないんだよね」


「へぇ……そうなんですか……」

「もっとも、抜け道もあるけどね」


 リアの相槌に、アルバートはそう言って説明を続ける。


「生物を追従しながらの観察は難しいけれど、定点観測してる範囲に入り込んでくるなら特に支障はなかったりするんだよ。心象風景が乱れることもない。その代わり、範囲は限られるけどね」


「予め焦点を合わせる場所を指定しておく、ということですか。張り込みなどに使うのですか?」


 エルナが尋ねる。


「そうだね、そういう用途に使えるだろうね。前提として、その場所に立って自身を俯瞰して見るなりする準備が必要だけど」


 そうやって、場所を指定して前もって魔法を仕掛けて置いておくのだ。

 異論はあるだろうが、アルバートはこれがこの魔法の正しい使い方だと思う。


「あとはまぁ……邪道というか恐ろしく強引なやり方として対象者の持ち物に魔法でしるしをつけて、という荒業あらわざがあるんだ」


「持ち物……? それは抜け道というか、反則じゃないです……?」

にわかに信じ難いですが、持ち物であれば可能なのですか?」


「うん、まぁ……それが可能といえば可能なんだよね……」


 話すアルバートの歯切れは悪い。カンバスに〝マーキング〟と書き記す。


「マーキング……?」


「そう、〝目印マーキング〟だ。なんらかの道具や霊媒れいばいを用いたり、魔力を込めて目印めじるしとする。そういう魔法だ。成功した場合──術者は効果が生きている間、大凡おおよその位置や方角を感じ取れるようになるんだ。これと〝望遠フォーカス〟を組み合わすことで何処までも対象を追っていけるって寸法さ」


「うまくすれば精神がつ限り、どこまでも追跡できるということですか……」


「効果が生きている間、〝目印マーキング〟が壊されない間は、ね。ちょっと話は逸れるけど、この〝望遠フォーカス〟の習得がを習得する為の大前提だったりするよ。必須条件のひとつだね」


「……?」


「魔法使いを志す者なら誰しもが使いこなしたい魔法さ。興味があるなら後で調べてみるといい。まぁ、今は関係ないからね」


 すると、エルナは少し考え込み──そうして、ある質問をアルバートにぶつける。


「質問があります。話を戻しますが〝望遠フォーカス〟の魔法は人間も対象に出来ますよね? その対象に出来る条件とは何か、詳しく教えていただけますか?」


「条件か……薄々気付いていると思うけど一目見た限りじゃ当然、対象になりようがない。それじゃ、どれくらい対象の情報があればいいのかというと……それは術者の力量や性格など向き不向きに左右されるけど──」


 そう言って、今度はアルバートが少し考え込む素振りを見せた。

 教師である以上、生徒に嘘は教えられないが、かといって素直にそのまま話すわけにもいかないからだ。


「親愛などの正の感情や憎悪などの負の感情。術者には当該人物に対し、思い入れが必要だよね。それもかなり意識してなければならない。例え家族であろうとも、だ。むしろ、家族だからこそ普段はそんなに意識しないから難易度は高いかもしれない。どうしたって負の感情に比べ、正の感情……善良な心というのは大人しいからね」


「確かに……」


 アルバートの説明にエルナは特に疑いなく、納得したようだ。

 それを見て内心、安堵する。


 前述したように教師としてアルバートは生徒に嘘はついていない。

 確かに嘘はついていないが、その欠点も魔法で補えることを補足してあげなかっただけである。


 ──しかし、それにしたって意地悪というより試験テスト範疇はんちゅうだ。

 要は気付くか、気付かないか。実際、代表的な解法は話して聞かせて教えている。


「……だから、何の備えもなしに〝望遠フォーカス〟しようとしても不可能に近い。〝目印マーキング〟の補助がなければ、人間の追跡は難しい根拠ともなる。分かったかい?」


 ここで反論がなければ、聡明な彼女たちのことだ。そのまま頭を冷やして自制してくれるだろう。アルバートはそのように思っていた、だが……


「──鍵は、にあるのね」


 ふと、エルナがそんなようなことをリアを見つめてつぶやいた。


「思い出……?」


「貴方と弟、妹との思い出。それを何度も思い返し、印象を強くすれば条件を満たすのではないかしら?」


「いや、それは確かに理屈だが、そもそも彼女は〝望遠フォーカス〟の魔法が使えるのかい!?」

「例え使えずとも代替だいたいの方法はあります」


 狼狽して悲鳴を上げるアルバートを余所に、エルナははっきりと言い切った。


「ここは魔法学院でしょう? 〝望遠フォーカス〟の効果を発揮する魔法道具マジックアイテムくらいあるはず。それを借りればいいんですよ」




*****


<続く>



・「ある魔法というクイズ?の答え」


「(本編で度々たびたび使用され、前半で切り札みたいに扱っていた〝転移テレポート〟の魔法ですね。〝望遠フォーカス〟の習得が前提の一つ。そして、〝望遠フォーカス〟もまた習得するには他の魔法を習得する必要があって……なんかスキルツリーみたいですな)」


「(また、スキルツリーは端折りますが、もう一つの前提条件とは〝転送トランスファー〟の魔法です。この二つを使いこなして初めて〝転移テレポート〟の魔法習得の道が拓けるんですね)」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る