第5話「嫌われる女」


「しかし、君たちも人気者だね。普段は人払いの必要なんてないんだけど」


「くだらないことで注目を集めてしまいましたから。彼らにしてみればわたくしは未だに珍獣に見えるのでしょう」


「……その話、確かに手を出した君は悪いが、だからといって相手に瑕疵かしがなかったわけでもないんだろう?」


「自分の判断に誤りはないと信じていますが裁決を下すのは私ではありませんので」


 さっきまでの雑談は、教室の戸を閉めてから移動中に始めている。


 ──そう、せっかく戸締りした教室をアルバートは再び開く羽目になったのだ。

 彼はこのまま、誰かに話を聞かれるままなのはよくないと判断した。それに教室にこもって暫くすれば、野次馬たちも諦めて解散していることだろう。


 アルバートは狭い教室の中央、鎮座する小さなカンバスの前まで来ると東側の壁に列にして固めて置いた丸椅子を適当に使うよう、二人に指示した。自身も列から背のない丸椅子を一つ掴み、カンバスのすぐ近くに置く。


 三者が銘銘めいめいに椅子に掛けながら──


「あの……」

「……なんだい?」


「おふたりの言う事件って一体なんなんですか? 差し支えなければ……その……」


 リアはつい好奇心から迂闊うかつに口走ってしまうが、言ってしまってから訂正しようかどうしようか、エルナの方をチラリと見ようとして目を合わせられず──とりあえず縮こまって顔を伏せている。


 それを見かねたアルバートはエルナの方を見ながら、


「まぁ、そんな大それた話ではないんだけれど……」


 話し方はいつもよりもゆっくりと。そのように前置きをして。

 エルナに確認をとるように(特に反対する風でも無かったので)、話し始める。


「事件そのものは自分も来る前なんで伝聞でしか知らないんだけどね。ある資産家の息子が去年暮れだかにパーティーを開こうとしたのさ。その学生もよせばいいのに、地元の人間だけじゃなく留学生たちも誘おうとしたんだ。ちょっと強引にね」


 すると、当事者だったエルナがすかさず口を挟む。


「誘おうとしたことに文句をつけた訳ではありませんが、嫌がっている子を無理矢理参加させようというなら話は別でしょう。加えて、配慮に欠ける発言や私のみならず他人までさげすむ失言の数々……私は二度、発言の撤回と皆への謝罪を要求しましたが、彼の返答は暴言でしたので腹にえかね、殴りました。それだけの話です」


「うん、まぁ……そうだね……」


 エルナの圧力に、アルバートはたじろぎながら同意するしかなかった。


 ……前述の通り、留学生の男女比が同一ではないことは意図的にやっている。

 その裏に政略的な意味合いがあることも周知の事実である。


 人生の中で年頃の貴族の娘と知り合う機会などは、よほどの幸運に恵まれなければ有り得るものではない。


 ──しかもそのほとんどが家柄もよく、見目麗しい淑女たちである。


 今、この時を逃せば……そのような焦りが多分にあったのだろう。資産と、自分の器と、将来性を存分にアピールして巻き返すつもりだった……そんなところだろうとアルバートは邪推している。


 ……しかし、だ。もしもその場にエルナがいなかったとしても、おそらく目論見は失敗していたと思われる。


 どうやら話を聞く限りでは、彼女に殴られた生徒は事ある毎に資産家であることを鼻にかけていたらしいのだ。金がすべてだとでもいうような浅ましい精神の人間がどうして高潔な淑女の気を引けるのか? それに気付いて悔い改めない限りは当人に春はなかなかこないだろう。


(ま、三十路をすぎても独身の男に彼をどうこう言う資格はないけどね……)


 ──と、その時。アルバートは妙な違和感を抱く。


「待てよ。……ええと、リア君。君は確か、この事件を知らないんだよね?」


「えっ? あ、はい……今まで知りませんでした……」

「……概要もかい?」

「概要? いえ、初耳です……すみません……」


「そうか……」


 この引っ掛かりはなんだろうか? ……少し考えて、アルバートは思い至る。


「エルナ君。敢えて尋ねるが、この事件は全生徒が噂するような笑い話かい?」

「それは……よく分かりませんが、物笑いの種になるのではないでしょうか?」


「うん。それはそうだよね。でも、年をまたいでまでするような大それた話じゃないと僕は思うんだよね。そうじゃないなら、いくらなんでも君は嫌われすぎてる。確かに君は問題児かもしれないが、そこまでされるいわれはないだろう」


 自己紹介から始まって何かとエルナの方に問題があるように印象付けられていたがそこが妙に引っ掛かっていた。


 ……そもそも事件の話だが仮に全生徒が知るようなものであるならリアが知らないのはおかしなことになる。


 学衣ガウンからリアは一般生徒でエルナは留学生というのはすぐに見分けがつく。

 この事件はどちらかといえば留学生の方の揉め事だから、一般生徒のリアが全容を知らなくても状況として無理はない。


 ──要は、そのくらいの噂話なのだ。大事件などでは決してない。

 事件の当事者には苦い思い出だとしても他者にとっては月を跨げば風化する程度の失敗談でしかないのだ。


(だから、おかしいんじゃないか……? 何故、彼女らは今も生徒たちの注目を集めていたんだ?)


 アルバートは二人に尋ねる。


「他にも何か、君たちが人気者になる理由があるのかな?」

「それは……」


 アルバートの問いに対してエルナではなく、答えたのはリアだった。


「私が……その、先生もきっとご存知だと思うんですが……」


「──先日、この学院生徒の両親が殺害される事件があったでしょう。彼女がその、渦中の被害者だからですよ」


 自分から言い出しにくいと見て、エルナが率直に切り出した。


「それでリア、か……確か本名はヴィクトリア=ロックヒル──だったよね?」

「はい。そうです……」


 リアは返事をして頷く。


「と、するとだ……君たちの目的は〝物を探す魔法〟だったよね? 君たちの探し物というのはひょっとして──」


「察しが早くて助かります。事件後、行方不明になった彼女の弟と妹を……」


「あぁ、待て待て、ちょっと待つんだ! 人捜しと探し物では話が違う、一緒くたにしていいものじゃない!」


 思わず立ち上がりながら、慌ててアルバートが口を挟む。


 いや、かなり不穏な事を言いかけたのでそうするしかなかったのだ。彼女は学生が首を突っ込むにはあまりにも危うい話題を持ち出してきたので、とにかく強引にでも話を落ち着かせる必要があった。


「……何が違うのですか?」


 すると、やや憮然とした表情でエルナが尋ねてくる。

 しかし、アルバートはここでも怯まず、


「そうやって問い返してくる時点でいろいろと理解度が低い証拠だ。……仕方ない、少し残業しようか」


 エルナの性格からして見逃していたが、彼女もまた同伴したリアと同様、冷静ではなかったのかもしれない。


 ──大人として、一応は教師として。二人の頭を冷やしてやる必要があるだろう。


 立ち上がったアルバートは再び座ることなく、普通の授業で使うにはやや難のある小さなカンバスを台ごと動かすと、二人のところに向けながら近付けた。


 個人授業なら、これくらいでも事足りるだろう──




*****


<続く>

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