2/4 学舎
第4話「本当に不幸な出会い」
アルバート=グローブ。彼は今年初めから短期で雇われた臨時教師である。
臨時だけあって彼に宛がわれた空き教室は学舎の端っこにある、予備のもの。
室内もカンバスと椅子だけを用意された簡素で手狭なものだ。魔術師にしてみれば何もないのと同義である。
──本日午後の授業も、彼の教室を訪れた学生はいない。皆無だった。
所詮は魔法もよく知らない素人相手に午前中、決められたことを話すだけの雇われである。それだけに大して尊敬もされていない。
しかも相手は素人とはいえ馬鹿ではない。むしろ逆で
この無人の教室こそは、彼の役割などすぐに見抜かれている証拠である。
アルバートは薄い
瞑目というか、単に
アルバートにとって学舎内はどうにも居心地が悪い。なんとなくだが害意を感じるような……単なる引け目、思い込みかもしれないが。
アルバートは目を開いて嘆息をつく。学生らのぞろぞろとした足音とざわざわした喧騒が学舎内に戻ってくる──
「2月10日までの辛抱だ……」
アルバートは揺り椅子から立ち上がると、そそくさと帰り支度の準備を始めた。
*
上半分に
振り返った廊下の先には女学生が二人。こちらに向かってきているようだ。
一人は知らない顔だが、もう一人には見覚えがあった。
彼女は仕事を始めた折、要注意人物として名前を教えられた学生の一人。数日前に午前の授業を担当した時、彼女がいたのを憶えている。
彼女の実際の印象だが、年頃の娘に対してじゃじゃ馬、お
見境なく噛み付くのではなく、思慮深く分別はある。
しかし、その分別があるところに何やら
(気が強いというより、気骨があるとでもいうかな……積極的には関わりたくない、俺とは相性の悪い人間だ)
授業態度は噂に反して至って真面目。性格も荒れたところはなく、いわゆる不良という感じは微塵もない。
ただ、時として勤勉も行き過ぎると生意気に映るかもしれなかった。
授業中、質問の呼び掛けに応じて彼女が挙手した回数は一度や二度ではなく他国の留学生にしては随分と魔法に入れ込んでいるようだった。それだけのやる気をみせる留学生は昨今では非常に珍しいのである。
(一口に魔法留学といえば、聞こえはいいが……)
その半数以上は魔法を学びに来ているというより他国の学生、異文化交流を目的にしている者たちの方が多い。また、留学生の男女比率も圧倒的ではないものの女子がかなりの割合で、今はその裏に政略結婚の意図があることを隠そうともしていない。
そのような実態から半ば必然的に、時が経てば留学生は留学生たちとつるむことが多くなる。
(半年前ならいざ知らず、この時期に問題児の留学生と一般学生の連れ立ちかぁ……なんとなくイヤな予感しかしないなぁ……)
アルバートは
どこか違う場所に
「──御機嫌よう。先生」
二人がアルバートの教室、彼の前まで来た。先頭を歩いていたエルナが軽く微笑みながら挨拶する。
「ああ、御機嫌よう。……君たちは?」
「
「リアです……」
「よろしく。それで、僕に何の用かな?」
アルバートも挨拶を返す。普段はまばらで、すぐに人の気がなくなる時間帯のはずだが今もまだ何人かが廊下に残っている。どうも、彼女らの動向に注目しているのは間違いなかった。アルバートはそれらの視線を気にしながら、
「教室は今、閉めたところでね。特に忘れ物がある訳ではないんだろう? 立ち話でいいかな?」
……降りかかる火の粉は払うしかない。表向きは穏やかに、内心は早々に厄介払いしようとアルバートは意気込む。
「はい。先生は〝物を探す魔法〟について、何かご存知ですか?」
「物を探す魔法? 心当たりがなくはないが、落とし物でもしたのかな? それなら安直に魔法に頼るより、記憶を
「そうですね。しかし、私たちは今、〝物を探す魔法〟を知りたいのですが。先生は知っているのか、いないのか。どちらなのでしょうか?」
アルバートは人当たりのいい教師の仕草で質問をはぐらかそうとしたが、エルナはそれを見越してなのか食い気味に、彼に冷たく丁寧に尋ねる。
……軽はずみに「心当たりがある」と言った手前、知らないとも言えない。
「いや、うん……知ってはいるけどね……」
その通り、知ってはいる。なんなら、実践も出来る。
だが、任期もあとわずかで今更、妙な事に関わり合いたくない。
……かといって、遠巻きには好奇の目で見ている生徒らがいるのだ。ここで下手な断り方すれば、今後にも響く。アルバートは言葉を濁して曖昧な態度で乗り切りたいのだが、エルナがそうはさせない。
「そうですか。では、私たちに教えていただけますか?」
「んー……いや、それもちょっと……なかなか難しい魔法だからね……」
アルバートは唸り、言葉に詰まりながらものらりくらりとかわそうとする。
……正直な話、彼は口が上手くない。
そもそも嘘をついたり、人を騙そうという行為自体が苦手なのだ。人を嗜めるほど正義漢ではないが、自分がやる分にはダメという
「──質問を変えましょう」
ピシャリとエルナが言った。
まるで叱られている子供と大人のようだ。年齢も立場も逆だが。
「先生は〝物を探す魔法〟を使えますか?」
非常に痛いところをつかれた。最早、致死的な質問である。
また面倒なことにアルバートはその魔法を使えてしまうし、生徒らは知らなくとも同僚たる教師たちが知らぬ訳がないのだ。
ここで「使えない」という言葉、類語が使えない。だから──
「……用途によるね。僕は、先にも述べたようにみだりに魔法を使うべきではない、という立場だ。魔法は便利だが安売りも安請け合いもしちゃいけないと思っている。それは後々に自分の首を絞めることにも繋がりかねない。それは君たちに本当に今、必要なことなのかな?」
「必要であれば、よろしいのですね?」
もっともらしいこと言ってなんとか煙に巻こうとしたがアルバートだったが、彼の長台詞のあとにエルナが間髪入れずに確認してきた。そして、追撃する。
「用途は〝人捜し〟です。可能ですか?」
凛とした声が響く。取り巻きの学生らにも勿論、聞こえているだろう。
アルバートは言葉に詰まる。
彼はその魔法が使えてしまう為に面と向かって否定することが出来ないのだ──
*****
<続く>
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